比嘉鉄也氏の「逆風張帆」の戦い
私たちは思う。たかだか人口6万の名護市の市長選挙で、在沖海兵隊の新基地建設問題が問われることの不条理を。政府民主党は選挙時の公約に従い県外移設を早く決定すべきだ。現行案を残した「見直し」というのは、現行案に舞い戻る可能性を高く残している。その私たちの思いに、比嘉鉄也氏は上手に棹差して自らを善玉に仕立て上げる。
簡単に図式化する。1997年は日本政府は悪玉で、必死に抵抗する名護市民は善玉だった。市民投票時の条件付賛成派は悪代官か「お前も悪よのぉ」の越後屋であった。悪代官は破れ、市民投票では「反対」が過半数を上回った。
破れた悪代官は、自らを代官にした市民の前ではなく、悪玉政府首相の前で恭順の意を表しつつ、自ら腹を切ってみせた。ときの首相の橋本龍太郎は涙を浮かべたという。
悪代官の名は比嘉鉄也。
つまらん浪花節だが、物語はつながった。比嘉鉄也氏が辞任したことで行なわれた1998年の市長選挙は、鉄也氏後継の岸本建男氏が不利な条件下で1000票差で勝利する。
悪玉政府と戦う無名の民たちの勝利であった市民投票だが、市長選挙では革新政党の大物が大挙して名護入りし、比嘉鉄也氏らは徹底して田舎の保守選挙を推し進めた。善玉悪玉の図式は逆転し、市外から応援団を繰り出し空騒ぐ「反対派」、地域に根付き経済振興を実行する堅実な「条件付賛成派」という図式が仮構されていった。
比嘉鉄也氏は名護市長を辞めたが、名桜大学の理事長に収まり、腹心である末松副市長らを通して名護市政への影響力を保持し続けた。
2002年・2006年と、比嘉鉄也氏は市長選挙に表立って出てこなかった。しかし今回の選挙は、政権交代・政府による現行案見直しという逆風が吹く中で、敢然と後援会本部長として選挙を指揮する立場で戦っている。比嘉鉄也氏にとっては1997年の危機以来の危機なのである。
比嘉鉄也氏の今回の選挙をみていると、1998年の選挙を髣髴とさせる。
政府民主党は、辺野古への新基地建設を「見直し」はしているが、現行案の可能性は消えていない。名護市長選挙の結果をも参考にするというのは、国の安全保障政策について名護市に踏み絵を踏ませているということである。そのような政府の態度に憤りを覚える名護市民も少なくないだろう。
比嘉鉄也氏は、名護市に踏み絵を踏ませる悪玉・政府民主党に対する、名護市を想い振興発展に尽くす善玉「市民党」という図式をつくりだしている。稲嶺陣営が民主党や政権与党の国会議員を連れて歩けば歩くほど、必死になって悪玉政府に抗い地域のために戦っている善玉「市民党」の自分たちが浮かび上がる。
革新的な人々からは新基地を誘致することで市政において利権を貪ってきた悪徳政治家でしかないが、郷土主義の政治哲学を有した腹の据わった政治家という評価をしている人々もいるのである。
比嘉鉄也氏らが「市民党」とは片腹痛いわと私も思うが、自公の推薦を取り付けていないのは事実である。有権者には通用する話だと思っていい。問題は鉄也さんの戦略を読みきり、市民の機微に深く深く入り込んでいくことである。困窮するがゆえに現職体制を支持する人々、経営が厳しいから現職体制を支持する人々。名護市を愛するがゆえに他からの干渉・押し付けを嫌う人々。すべてが本来なら稲嶺陣営が、現状を変革する陣営が支持を調達しなければならない人々だ。
今次選挙は、比嘉鉄也氏の「逆風張帆」の戦いである。世論調査で敵の背中が見えた。彼らは「勢い」を発揮するだろう。稲嶺陣営の必死の奮起を願っているが、どれほど危機感を持ってくれているか。
[E:tv]
【2010名護市長選挙 「経済」からみる争点】QABの番組
田舎の選挙における地域懇談会はSF商法みたいなものである。現職が「企業誘致としまして、これまで25社の、雇用においても、950名余の雇用が生まれたわけであります。」「法人、市民税の前年度伸び率が全国で4位にランクされております」といえば、発展しているんだなぁと参加者は思い込まされる。それが自らや自らの子弟が就業する/できる雇用でなくてもである。
私は金融特区などという政策は名護市の人的・社会的状況を無視した産業政策だと思うし、名護市民が窮状に陥る雇用構造を改善するとは到底思えない。
基地問題のみならず、経済や教育福祉などの田舎の役所がやらなければならない仕事全般に対して、私は現職が再選されることは名護市民にとって不幸だと思うが、すべては名護市の有権者が判断することである。
1月24日、だれが当選しても、これは市長選挙であり基地建設問題に対する住民投票ではない。
[E:end]
夕べ書いていたものを、お昼に修正加筆してアップ。これから普天間飛行場の傍らを抜けて名護とは逆方向の那覇へ向かう。比嘉鉄也氏はとてもユニークな方だ。立場や考え方は違うが、名護がうんだ逸材の先輩であるのはまちがいない。強靭な精神力と思考力。