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宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

名護市長選挙の世論調査結果に思う

 今日、各新聞社がいっせいに市長選挙に関する世論調査結果を報じた。

 読売新聞も「稲嶺氏先行」で報じている。タイムスと共同で調査を実施した朝日新聞も。各社の調査結果からは、有権者の約2割から3割が態度を決めていないという結果も出ている。
 

 激戦であることはまちがいない。「やや先行」のレベルでは、数日で逆転する可能性は充分ある。先行している陣営にバンドワゴン効果が現れることを望むのも難しいだろう。この選挙、最後までわからなくなった。

 1998年の市長選挙。革新陣営が全国規模の応援体制で、市民投票における反対多数の結果を追い風に選挙を戦い、田舎の首長選挙を地道に行なった保守側に1000票差で破れたことを思い出す。あのときと状況は明らかに違うが、もう泣き出したいくらいにヒリヒリする激戦だ。(…ここから先は、何度も書き直してしまったが、これがいま私が考え言えることの限界)

 私は島袋陣営の「勢い」を過小評価するのは愚かだが、過大評価するのも誤りだと思う。

 比嘉鉄也氏は「政権交代」を逆風として上手に戦略に取り入れてきた。

  •   「名護市が苦渋の決断をして13年目になる。政府は早めの決断をして、市民を翻弄しないでほしい」(2009.11.12
  •   「(基地問題に関しては)総理を含めてふらふらしているが、名護市民はふらふらしていない」(2010.01.17)

 明らかに政府を悪者に仕立て上げ(実際、名護市からみると賛成派・反対派両者から政府は悪者である)自らを悪者に相対する者(暗に自らを悪者ではない善玉、悪代官に虐げられる農民の如く。自らが悪代官・腹黒庄屋であるにも関わらず)としている。

 告示日の出陣式の応援演説だって稲嶺陣営では国会議員のお歴々がマイクを握るが、島袋陣営は県知事と参院議員をのぞく全員が名護市民である。それも比嘉鉄也後援会本部長や荻堂盛秀後援会長という責任者たちである。

    • 「島袋候補再選に向けて『必ず当選させてみせる』という皆さん方の熱気は伝わってくる気がする。選挙は勢い、勝利は我々の手にあるという自信の下に大いに頑張ってほしい。」(琉球新報2010.01.18/2面

 これは応援演説ではなく選挙運動員や支持者へのお願いであり指示である。

 鉄也さんは「勢い」を力説し檄を飛ばしているが、彼らが表立ってできるのは、基地問題については政府を悪者(そして自ら苦渋の決断の良者。)にするだけで、自らのV字合意がどれほど軍民共用空港の持っていたスジ論と違う極端に拡大した別物の軍事基地建設を合意したということには触れきれない。であるから「基地問題を争点にしない」としかできないのだ。論戦をして、13年間の「苦渋の決断」の中身が、島袋吉和市長の合意で質量ともに大きく変わっていることが露呈するのを恐れている。鉄也氏たちは虚勢を張るが、そのような姑息なテクニックでしか選挙を戦えない。そのような者たちに真の「勢い」があろうはずはない。真の「勢い」をみてはならない。

 昨年の政権交代、そして政府による辺野古移設見直しという状況は、確かに多少なりとも稲嶺陣営への追い風にはなったはずだが、名護市有権者が自らの投票だけでつくりだした市民投票の勝利とはわけがちがう。そんな追い風がいつまでも吹くはずはないし、稲嶺氏への支持は、政権交代を追い風とした支持というよりも、この13年の混乱と軋轢の名護市を変えたいという市民の希望の表れだろう。

 その市民の希望を、確かなものとする責任が稲嶺陣営にはある。

 世論調査の結果を「稲嶺氏先行、島袋氏猛追」という表層だけで捉えるのは間違いである。「稲嶺氏先行」の中身は、二期目の現職は強いといわれる重い石を名護市民が食い破っているということである。そうはさせないと自らの権力を守ろうと必死の形相なのが「島袋氏猛追」の中身なのである。勝利を目前にして「勢い」を有しているのは稲嶺陣営であることを確信し、総力をあげて投票箱が閉まるまでがんばりぬいてほしい。

 来る日曜日には、名護市の賢明な有権者が、しっかりとした判断を示してくれる。

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いやぁ、今すぐ名護に飛んでいきたい気持ちだが、明日も朝から那覇。日帰りで行くには名護は遠く交通費もバカにならない。貧乏していなければこんなにも遠くは感じないだろうが、あらためて名護ヤンバルは、中南部圏とは違う場所で遠い気がしている。50㎞という距離だけでは測れない距離もある。