宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

69年目の「慰霊の日」

今日は「慰霊の日」。

安倍首相が昨年行った、全戦没者追悼式における「あいさつ」については、昨年のブログ記事に書いた。*1

下記は一昨年の野田首相の「あいさつ」に関する私のノート。tumblrに置いてあるが、参照できるようここに転載しておく。

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沖縄全戦没者追悼式における野田首相あいさつを読む

日曜日だし、梅雨も明けたことだし、沖縄全戦没者追悼式における野田首相あいさつ(全文)を読んでみる。

沖縄全戦没者追悼式が挙行されるに当たり、戦没者のみ霊に対し謹んで哀悼の誠をささげる。

人間が犯してきた罪深い戦争の中でも、ひときわ苛烈で凄惨な戦闘だったと言われる沖縄戦から、67年目となる初夏を迎えた。

鎮魂の思いを語るに当たり、あの悲惨な日々を心に思い描くことから始めねばならない。紺碧の海と空を黒々と埋め尽くした軍艦や爆撃機から、昼夜を問わずとどろき続ける閃光と爆音。幾万の住民が戦火のただ中に投げ出され、多くの命が奪われた。

戦争という人間自らが引き起こす災禍において、いかに人間の尊厳が踏みにじられてしまうのか。人間が人間らしさを失ってしまうのか。そうしたことを思い知らされる、筆舌に尽くしがたい出来事の数々が起こった。私たち日本人は、美しい沖縄の大地に刻まれた悲惨な歴史を決して忘れてはならない。

沖縄戦はいかにして沖縄戦であったのか。

野田首相のあいさつ文からは、沖縄戦に対する国家の責任への言及は完全に忌避されている。

戦争そのものに関しても「人間」が犯してきたと人間一般の行為に帰されている。
戦争は国家が起こすのであり、人間一般、人間個人が起こすものではない。

ここで「人間」に言及し続けることは、戦争の主体である「国家」を隠蔽する行為であり、野田首相のあいさつは徹頭徹尾意識的にそのことを成している。

そうして沖縄戦の悲惨さを語る口は、「私たち日本人」が忘れてはならないと、国家行政の長をして「私たち日本人」への説教と化す。

この「私たち日本人」には野田首相も属していて、説教ではなく自戒だという言い方もできるかもしれない。しかし、いずれにしても「私たち日本人」である。
ここまで国家としての反省も具体的な哀悼もない。

終戦から67年、沖縄の本土復帰から40年を経た。この間、沖縄の皆様はたゆみない努力を重ねあまたの苦難を乗り越えて、力強い発展をしてきた。

沖縄の苦難の歴史に思いをはせる時、私は大田実中将の最後の言葉を思い起こさずにはいられない。「沖縄県民斯(か)く戦えり。県民に対し、後世特別の御高配を賜らんことを」と結ばれた電信文に込められた、祈りにも似た悲痛な願いだ。

そして私たちは、常に問い返さなければならない。沖縄の皆さまの抱く思いを、全ての日本人で分かり合おうとする、格別の努力を尽くしてきているだろうか、と。

 沖縄戦終結後の沖縄の歩みを概括して、野田首相は「沖縄県民斯(か)く戦えり。県民に対し、後世特別の御高配を賜らんことを」という言葉を持ち出す。

沖縄県民が斯(か)く戦」ったのは、大日本帝国の臣民として、本土防衛のための捨て石作戦である沖縄戦に否応なく巻き込まれ動員され戦い逃げ惑い殺されていったのである。

そのことを何一つ問うことなく、大日本帝国海軍中将の電文を美談の如く「祈りにも似た悲痛な願い」と浪花節で装飾して恥じない。

そうして「沖縄の皆さま」と「全ての日本人」の間を、いとも簡単に線引きし、「全ての日本人」に分かり合う努力を尽くしているかと説教する。この「全ての日本人」に野田首相が属していたとしても、責任ある人間とそうじゃない人間も一緒で一億総懺悔状態であることは変わりない。

ここまで見事に、自らの主体を、自らのポジションが負うべき責任を明確にせず、他者に説教を垂れることができるのは、責任主体を明確にしないことで国体を成す象徴天皇制の成せる技なんだろう。官僚の作文なんだろうが感心する。

戦争の惨禍を二度と繰り返さないために、国の安全保障に万全を期すことは、国政を預かる者の務めだ。その責務はわずかなりともおろそかにすることはできない。

他方、現在も沖縄に米軍基地が集中し、県民に長年にわたり多大な負担をかけている事実は慚愧に堪えない。基地負担の早期軽減に全力を尽くし、具体的に目に見える形で進展させることをあらためて誓う。

前段中段で、「私たち日本人」や「全ての日本人」と「沖縄の皆さま」を充分に切断した上で、はじめて国政の首長としての自身に言及する。

それが「わずかなりともおろそかにすることはできない」国家安全保障である。
沖縄の基地負担軽減も、国家安全保障に万全を期すことの範囲内であることをにじませつつ、進展させることが誓われる。

誓われたのは、辺野古への新基地建設であり、それがなされない間の普天間強化でありオスプレイ配備の貫徹である。

「誓い」は、沖縄への基地負担増の「宣言」になる。

今日のわが国の平和と繁栄は、戦没者の犠牲の上に築かれている。祖国の未来を次の世代に託さざるを得なかった戦没者の悲痛な思いを受け継ぎ、わが国は不戦の誓いを堅持する。そして国際社会の一員として国際平和の実現を追求する。

この地に眠るみ霊のご冥福と、ご遺族のご多幸を心から祈り、私のあいさつとする。

野田首相の言う「祖国の未来を次の世代に託さざるを得なかった戦没者」とは、誰であろうか。

沖縄戦を戦った大日本帝国軍人であろうか。4人に一人は亡くなったといわれる沖縄の民衆であろうか。

大日本帝国軍人なら国家公務員であるのだろうから祖国の未来をというのはわかる。巻き込まれ死んでいった民衆が、祖国の未来を思って死ぬだろうか。
平和の礎」の、戦没者であれば軍人も民間人も戦争遂行時の敵味方なくすべてを刻むという概念が、国家に都合よく利用され「戦没者の悲痛な思いを受け継ぎ」とされている。

国家の「不戦の誓い」は、敗戦を二度としない誓いであり、「非戦の誓い」ではない。ましてや「沖縄戦」の如く沖縄民衆を戦争の惨禍に巻き込まないことではなく、巻き込む気満々で固定化する「誓い」であり「宣言」である。

 

 

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