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宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

68年目の6.23と安倍首相あいさつと沖縄の現在と

6.23「慰霊の日」が昨日あった。

沖縄戦から68年目だという。

6.23は沖縄戦を仕切った大日本帝国軍の司令官が自決した日。その日を境に「組織的戦闘」が終焉したかのように記録/記憶され、この日が「慰霊の日」として祈念されている。当の司令官は自決の前に「爾今(じこん)各部隊は各局地における生存者中の上級者之を指揮し最後迄敢闘し悠久の大義に生くべし」と最終命令を発しており、「組織的戦闘」は最悪の形で継続された。

「悠久の大義」は、歴史修正主義者らの沖縄戦に関する教科書記述への攻撃となり、慰安婦という名の日本国が性奴隷にした人々の存在を否定する言説となり、68年を経てなお生き続け日本国を呪縛している。その最たる顕現が、安倍晋三の二度目の首相就任であり、安倍内閣の要職に就く政治家らの惨憺たる顔ぶれである。

昨日の式典には、安倍首相をはじめ外相、防衛相も出席し、米国の駐日大使もいたらしい。恥知らずの大阪の橋下も招待されてないのに参列し、堂々となのかこそこそなのか知らないが招待席に座っていたらしい。胸糞悪くなる発言もしているようだが、どうしようもない陳腐な男だ。

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式典における安倍首相のあいさつを、ネット上で視聴した。

沖縄戦に倒れた人々の御霊に向かい」と安倍首相はのたまうが、「倒れた」という形容に違和感を禁じえない。スパイ容疑で惨殺されたウチナーンチュ、壕の中で殺された赤子、大日本帝国のカルト教育で集団自決を余儀なくされた人々、それらは「沖縄戦に倒れた人々」と形容される死なのか。バカを言ってもらっちゃ困る。

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私たちはどこから来たかを振り返り、自らに問う日であります」というが、その私たちに沖縄の人間は含まれているのか、含まれているのだとしたら、普天間基地の県内移設を進める日本国政府の「振り返り」と「自問」はあまりにも薄っぺらい。

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さらに、安倍首相は「沖縄の人々に刻み込まれた心の傷はあまりにも深く。後の世に生を受けたものが、その痛みを分かち合えると思うことは不遜でありましょう」とのたまう。

沖縄戦における死者への謙譲の精神のように「不遜」という言葉が使われているが、「沖縄の人々に刻み込まれた心の傷」への接近を拒否し頭から放棄する言説であり、同時に、沖縄で生まれ育ち今日ある沖縄の私たち(まさしく「後の世に生を受けたもの」である)が、肉親や先輩たち、地域に刻まれた歴史や文化などから追体験し、基地のない平和の島を渇望する願いや行動を「不遜」と否定するかの如き言説である。

「後の世に生を受けたもの」が痛みを分かち合うことは可能だ。沖縄戦において国家は民を守らないどころか殺したという厳粛な事実を前に、痛みを分かち合うとは二度とこの島で戦争を起こさせないという決意とそのための弛まない行動と思考である。「不遜」はそのような民の生きざまを、弾圧し隔離し黙殺しようとする国家の側の行為である。まさしく辺野古の海に自衛隊の戦艦が出動した時、普天間基地封鎖に県警機動隊が装甲バスでゲットーを作り出した時、「不遜」が行われていた。

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琉球新報は本日の社説で『首相あいさつ 胸に刻むなら県外移設を』と、安倍首相のあいさつに釘を刺している。

「胸に刻むなら県内移設断念を」「強奪基地普天間の無条件閉鎖・撤去を」とすべきであると私は思うが、社説では「県外移設」の言葉が当然の如く出てくる。そして論理に無理がなく違和感がない。

それほどまでに、日米両政府の都合(「移設」は紛れもなくそうであろう)に譲歩しながらも、ギリギリのところに沖縄は立って声を発している。私にはこの「譲歩」が、沖縄にとってほんとうにいいのか、心が痛むが、それ以上に、沖縄のそのような声を一顧だにしない政府/日本国のマジョリティという現状に絶望的な気分になる。

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安倍首相はあいさつで「沖縄が忍んだ犠牲、人々が流した血や涙が、自分たちを今日あらしめていることを深く胸に刻んで、静かに頭(こうべ)を垂れたい」とのたまう。沖縄は日本政府に「静かに頭を垂れ」られながら、日米安保体制の生贄として捧げられ、今まさに普天間辺野古移設という形で屠られようとしている。

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68年前の6.23に自決した大日本帝国司令官のいう「悠久の大義」とは違う、平和への渇望、共に在れる社会への希望を捨てず徹底抗戦するために、しばし沈思黙考した6.23だった。

個人的な話だが、6.23は長いドライブを家族と友人とした。車中では昼寝のタイミングを誤った赤子が不機嫌で、ずっと泣き叫んでいた。狭い車中の中で友人にもしんどい思いをさせたが、赤子の泣き声が危険を招くと殺されていくような現実が沖縄戦であったことも忘れてはならない。

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