宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

沖縄に関するデマ

『それってどうなの?沖縄の基地の話。』というリーフレットを昨年、県内の大学教員やジャーナリストの友人たちとつくった。

沖縄の米軍基地問題や運動に対するネットにあふれかえるデマに反証する地道な仕事だった。あんまり楽しい仕事ではない。なんでこんなバカなデマを信じる人がいるんだと腹立たしい思いもしながら、まじめに「ファクト」を探し提示し短い原稿を積み重ねる。私はほとんど編集者で、友人である大学の先生たちが執筆者になってくれた。

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1945年 6月普天間飛行場の工事。宜野湾の中心地で要所であった街道の松並木がみえる。(米陸軍撮影)

あれから一年経ったけど、いまだに巷ではデマが溢れかえっている。最近では、私はデマを根絶やしにしようとどんなに努力しても、デマを信じるある種の人々は騙されているのではなく信じたいから信じる宗教のようなものではないかしらと思ってる。とはいえ、そうではなく目からウロコでデマから自由になる人もいるかもしれないので、『それってどうなの?沖縄の基地の話。』でやった行為は決して無駄だとは思っていない。

その成果は、ネット上でも後悔公開しているので、ぜひ参照してもらいたい。

okidemaproject.blogspot.jp

新たなブックレット

『それってどうなの?沖縄の基地の話。』を発展させて、新たなブックレットを同じメンバーで出版社と準備中である。秋口までには出版できるんじゃないかと思う。まだ私が担当を請け負った原稿はひとつも書いてないけど。

書き出す前に、辺野古新基地建設になぜ、こんなにも沖縄は反対するのかを私なりに経緯を簡単にメモしておく。

SACO・米軍再編・統合計画

詳しい説明は省くが、我々は96年の日米両政府によるSACOは95年の少女暴行事件、県民大会、県知事の公告縦覧代行拒否などにあわてた日米両政府が沖縄の負担軽減のためにつくった在沖米軍基地整理縮小プログラムだと認識してきたが、実際にはそういう側面が結果的にあったとしても、県民の願いや思いは整理縮小のあとに続くの撤去であり、将来的には基地のない沖縄である。日米両政府にそんなビジョンは微塵もなく、SACOは整理【統合】縮小プログラムであり、沖縄戦以来の米軍基地が半世紀も経て老朽化し周辺が市街化市使いづらくなったのを整理し【統合】し結果的に縮小するものである。結果、方針は嘉手納基地を除き中南部という都市部の基地を過疎地の北部に移し基地を近代化し米軍のニーズやウォンツも日本国民の金で手当する。

使用していない演習場の過半を返還し高江集落周辺にオスプレイが使用するヘリパッドを新設する。キャンシュワブの沿岸域に軍港機能を有す飛行場を新設し、辺野古弾薬庫と連動することで普天間飛行場でさえ行えなかった訓練や運用を行えるようにする。

これらはすべて、在沖米軍基地を今後とも(半世紀なのか100年なのか私は知らない)使用するための措置である。

平時は海兵隊が管理・運用せず、自衛隊がその任にあたり有事の際に米軍が使用するというプランさえガイドライン等では方針が示されている。日米の軍事的一体化は我々が思っている以上に進捗していると考えるべきである。

高江・辺野古への新基地建設を拒否する沖縄の意思は、現在の問題であるのと同時にそれは沖縄戦から地続きである今日の問題である。1972年の復帰時に県民が願った「基地のない島・沖縄」は裏切られ今日があるが、だからといって「基地のない島・沖縄」を諦めるわけにはいかない。SACOの整理縮小というテーゼや、沖縄の負担軽減という言葉に騙されない。政府が行っているのは沖縄の負担永劫化の措置であり、沖縄県民は反対せざるえない。

沖縄県民は再びの沖縄戦を断固拒否する。在沖米軍基地の問題だけでなく琉球弧の島々への自衛隊配備問題でも同じである。

安全保障の問題とか、中国や朝鮮民主主義人民鏡を国を睨んだ軍事的なレベルの議論や意見など多々あるだろうが、ブックレットではひとつずつ可能なかぎり丁寧に「ファクト」に基づき応答していくことになるだろう。

なんだか最近では「オルタナティブファクト」なる言葉も出てきている。世界はとんでもないコロシアム状態になってる。頭痛いが、まぁ、やるべきことやれることをやっていくしかない。