宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

「沖縄のこころ」―民衆の社会的連帯の再生

0224020

 明日(もう今日だ)の沖縄タイムスの読書欄「今週の平積み」に、『沖縄論』の私の書評が掲載されますので、チャンスがあれば読んでください。新聞社の方がつけてくれた見出し(タイトル)は、私が確認したゲラでは「『沖縄のこころ』実現の提言」となっていました。

 編著者である宮本憲一先生は『沖縄論』のなかで、「沖縄のこころ」を「現実主義的理想」といいます。我々の世代もそうだし、復帰などを知らない若い世代はもっと「沖縄のこころ」といわれてもピンとこないと思います。世代間のギャップもあるけど、時代の推移も大きいものがあります。

 新聞に掲載する書評では字数に限りがあり、書けなかったことを、なんとなく整理もしないまま、今日はここに書いておきます。

[E:pencil]

 「沖縄のこころ」など、単なることばです。「こころ」は人の数ほどそれぞれにあり、うつろいやすく、情緒的抽象的なものだといっていいのだと思います。

 『沖縄論』には、「沖縄のこころ」についてしっかりと定義がなされているので、それを読んでもらえればいいのですが、私なりのアバウトな理解で言うと、沖縄戦の地獄の惨禍、米軍による沖縄人の人権すら認めない支配、それらを経て、平和を人権を自治を希求する「沖縄のこころ」といった感じでしょうか。日本国憲法の下への復帰を志向するのも、その流れの中であるわけです。

 その「沖縄のこころ」が、復帰後、日本政府の米軍基地保持を第一義とした沖縄振興計画体制の下で、踏みにじられていく。

 「沖縄のこころ」という言葉に対する、世代間のギャップや、時代の推移による、なんとなく時代遅れ的に感じる廃れ方は、「沖縄のこころ」を踏みにじっていく日本政府の施策がじわじわと功を奏していった結果ともいえるかもしれない。

 新しい名護市長稲嶺進氏は、故岸本元市長は基地を造らせるつもりはなかったと、だから7つの条件などをある種の「抵抗」(QAB/2010年1月13日)として打ち出していたんだと言っていました。

 しかし、稲嶺前県知事と故岸本元市長が、条件付で受け入れることによって、日米両政府は沖縄への新基地建設計画を具体的なスケジュールに上すことができました。そしてそのために沖縄振興計画の高邁な建前が剥げ落ちた基地建設と引き換えの「振興策」が沖縄に施されるようになりました。

 稲嶺進氏は故岸本元市長を「抵抗」したと持ち上げますが、実際には、この10年余の沖縄は、とても大切な自治の根幹を腐食させていった10年余でした。

 これは重大な問題です。

 政権交代がなされ、名護市への新基地建設は見直されていますが、新基地建設計画案ではなく新基地建設計画事業はまだ生きて続いています。政府の言う「ゼロベース」というのは、新基地建設計画事業を白紙にしたゼロではなく、それを生かしたままに他が考えられるかと検討している「ゼロベース」でしかありません。

 そのような現在を冷徹に見つめたとき、新基地建設計画事業へのとば口を切り拓いた、故岸本元市長を、基地を造らせるつもりはなかったと持ち上げることは、現在への認識、対応を誤らせることになります。

 沖縄は、この10年余、依然として重大な危機に立たされ続けています。

 「沖縄のこころ」を踏みにじる日本政府と多少なりの「抵抗」を潜ませながらも協調姿勢をとることで、沖縄はこの重大な危機の瀬戸際にまで追い詰められてきた。沖縄はみずから歩んできたのです。宮本憲一先生は、理想を捨てたために悪化する沖縄の現実を捉え、そこを突破するための「現実主義的理想」として「沖縄のこころ」を捉えなおします。

 現在の沖縄は、悪化する現実の最後の、それこそエッジで、踏み止まっています。

 踏み止まりはしたが、これから踏み止まるだけではなく、どう押し返し、新しい米海兵隊の基地を沖縄には造らせないということができるのでしょうか。

 私ごときに、明確な答えがみえるわけはありません。しかし『沖縄論』を読み、この10年余の新基地建設に対する闘いを振り返り様々な局面を「読む」なかで、現在を歴史から切り離されたデラシネのような現在とすることなく、過去現在未来の中で捉え返し「読む」なかで、現在を変革するためには「民衆の社会的連帯の再生」こそが不可欠だと思い始めています。

 もとより、「沖縄のこころ」は単なる言葉です。宮本先生が「現実主義的理想」とその言葉を捉えなおすように、言葉のもつコンティニュイティをたいせつにしながら、沖縄を生きる民衆が新しい命を吹き込んでいく過程で、それが全然違う言葉として発明されていくことがあっていいと思います。大事なのは、それが「民衆の社会的連帯の再生」に連なり、1972年の裏切られた本土復帰を深く問い、沖縄の未来への歩みになることです。沖縄の現実を生きる我々は、現在の危機をチャンスにしなければなりません。

 そんな風なことを、このごろは思っていました。

 最後に、この雑文を書きながら、なんとなく頭の中に浮かんだ詩の一節を置いて終わりにします。

永遠の勝利の暁に、灰の底深く
燦然たるダイヤモンドの残らんことを

[E:end]

忙しいのか、暇なのか。金は稼げないのに、なんだか落ち着かない日々を送っています。

政府が5月までといっている状況の中で、どうにかリアルなレベルで「県内移設」を阻止するためのアクチュアルな働きかけができないか思案するのですが…悩ましい。

《「ゼロベース」で沖縄からベース(基地)をゼロに》の「その3」は、そのうち書いて(考えて)アップしようと思っていますので、期待しないで待っていてください。政府の右往左往する「移設先」が、すべて過去のエントリで書いた論旨で批判できるようで、なかなかどうして突破する思考ができずにいます。あんまりいい傾向ではないですね。

そろそろ、燃えなければ。^^