宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

十年一昔

Yousui_2 丸刈り頭の中学生の私が、アフロヘアの陽水を気取ってギター片手に “じゅうねぇんはぁ、ひとむ~かし~” などと歌っていたのを、ついこのあいだのように覚えている。もう30数年も前のこと。三昔なんだね。

このごろは、隣の友人たちと飲みながら、「あいつはどうしているだろう」「あいつとあったぜ」とか、「あいつは恐かったな」とか「いいやつは早く死ぬなぁ」などと酒を飲み交わしながら、昔を思い出す時間が多い。

地元の高校を卒業してから、長い間、都会暮らしをして帰って来て、生活の基盤を作り出すためにウノモノしていた矢先に基地問題に翻弄されたものだから、なかなかこのような時間を生きることができなかった。

にわか主夫をしつつ、一日のうち数時間をパソコンに向かい仕事して、お金のやりくりと献立や今後の段取りの心配をして、時々は友人たちと金をかけずに酒宴がひらける。月に一二度は遠方よりの友人を招くこともできる。

なんの不足があろうかと思う。

不足があるとしたら、現状を変革する意思と知恵だけだ。

わたしたちはコミュニケーションを欠いてはいないのであって、反対にコミュニケーションをもちすぎている。だが、わたしたちには創造が欠けている。わたしたちには現在に対する抵抗が欠けているのである
     -------------------ドゥルーズ+ガタリ「哲学とは何か」

前回の「蟄居」宣言に対して、友人たちから賛意や励ましのメールをもらった。クロニクル作成への協力申し出もいただいた。ありがたい。
どんなやりかたができるかを検討したうえで、できるだけ開かれたかたちで、欠けている創造と抵抗の線を引きたい。しばしともにブレーンストーミングを。

京都在住の友人から、リクエストをもらって、そういえばやっていなかったなと思い出し、2月5日の記事で約束したレジュメを、遅ればせながらホームページ上にアップした。

http://www5.ocn.ne.jp/~miyagi/report/ten_years.pdf

仕事も何もかも、やたら遅く、迷惑ばかりかけているが、友人知人関係者のみなさま末永くおつきあいのほどをよろしくお願いします。
97年の市民投票から10年、一昔が過ぎようとしている。

Moriegao
新生児の笑顔は、こころのコリをほぐしてくれる(と書こうとしたら、「心残り」と変換されて驚いた。「心残り」と「心の凝り」の近似性はいかほどだろう)。

写真家の真生さんにゴンの写真をほめられてから、いい気になって写メってばかりいる、今日このごろの私です:)

沖縄は雨。時々、強風豪雨。