宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

さてさて

普天間移転、日本側代替案を積極的検討へ 米政府(朝日新聞)
代替案提示あれば見直し 普天間飛行場返還問題で米 (共同通信)
米軍普天間飛行場:移設先の見直し検討する考え 額賀氏(毎日新聞)

 やっとこさ、米軍再編(トランスフォーメーション)に伴って、本格的な辺野古移設見直しが始まります。
 マスコミ報道でしか知りませんが、日本政府の中では防衛庁に見直し論が強くあるような感じですね。現場を抱える防衛庁はリアルに問題にぶっつかり困り果て、米国交渉を回避したい外務省はSACOで思考停止、官邸は無責任な調整役というところでしょうか。小泉サプライズを狙っているのかも知れません。米国は協議の入り口で県内移設の高いハードルを見せつけ、それ相応のものを掴もうとしているようです。いずれにしても、オキナワは米軍が血で勝ち取った既得権益であり、これをただでは手放さないというところでしょう。もしかしたら、1972年の日本への施政権返還に匹敵するドラスティックな変化が待っているのかもしれません。
 昨晩の名護市民会館での動きが、この動向に過剰反応して、馬脚だけでなく醜い本性をさらさなければいいのにと心配します。辺野古海域で頑張る方々が、政治決定で方向が定まるまで、頑張り続けなければならないことを思うと心が痛みます。

 さてさて、名護市はどうなっていくのだろう。新基地建設問題は経済問題になって久しい。建前本音などという言葉の分け方が、弱い私たち人間をオブラートで包む機能はこの街では失効している。裸のまま、ささくれ立った心で、私たちはさまよわされている。この問題を乗り越え、地域が、地域として再生していく歩き方からはじめよう。地域には、いろんな考え方の人がいる。当然過ぎるほど当然の前提を、私たちは受け入れて、歩み寄り、生きていかなければならない。「民主主義」の根幹には信頼が埋め込まれる。名護市民として、97年の住民投票で歩き始めた道のりは、続いている。

 それにしても、世界を見渡せば、ブッシュの米国の傍若無人な帝国的振る舞いや追随する日本の小泉首相の人を小馬鹿にしたワンフレーズポリティクス、うんざりして「絶望」する気も失せてくる。絶望する気も失せる状況に対する心性は恐ろしい。私たちに希望などない。せめて、続く誰か何かのために、希望の因子を打ち込んでいくことができれば、大した仕事だろうと思う。