宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

日本政府の「島嶼防衛」に島嶼住民はいない。

慰霊の日」の琉球新報社説を読む。

慰霊の日 非核・共生の要石に 戦争と軍の犠牲強要に反対

2014年6月23日琉球新報社

 沖縄戦の教訓

沖縄戦から何を学ぶかは、主体および立ち位置により違うんだろう。戦場となった島の住民は、島を戦場にしてはいけないということを最大の教訓とする。だが、国家の軍隊は違うことを教訓として学んでいるようである。

沖縄戦は「本土決戦」準備が整うまで、米軍を一日でも長く沖縄に引きつけておく「出血持久戦」だった。第32軍が司令部のある首里で降伏せず、沖縄島南部の摩文仁、喜屋武一帯に撤退したのは大本営の方針に従ったからだ。

今日は6月25日だ。慰霊の日の23日は日本軍司令官が自決し組織的戦闘が終わったことをメルクマールに祈念日としている。だが実際の沖縄戦は、それ以降も続く。日本軍は敗退し潜みながらの抗戦、米軍の掃討戦は過酷を極めた。これも国体護持のための捨て石作戦の故である。7月以降も大勢の民間人を含む犠牲者は相次いだ。*1

島嶼に住民はいないのか

第32軍は沖縄県民を守るために配備されたのではない。そのため住民保護の視点は欠落し、米軍の圧倒的な砲爆撃で多くの住民が犠牲になった。5月下旬以降の南部戦線は日本兵による食料強奪、壕追い出し、壕内で泣く子の殺害、住民をスパイ視しての殺害が相次いだ。日本軍は機密が漏れるのを防ぐため、住民が米軍に保護されることを許さなかった。そのため戦場で日本軍による命令や、強制、誘導によって親子、親類、知人同士が殺し合う惨劇が発生した。

沖縄戦時の第32軍のみならず、現在の日本国の自衛隊も似たようなものである。ただいま現在、先島へは陸上自衛隊の配備が急がれている。防衛省自衛隊の「島嶼防衛」についてのQ&A*2でも、「強靭な陸上自衛隊の創造 -統合機動防衛力の実現に向けて」という広報動画*3でも、島嶼の住民保護については一言も触れられていない。

上記引用した沖縄戦の惨劇が、過去のことであり現在や将来のことではないと断言できる確たる情報はない。米軍を中国人民軍に置き換えて読んでみよう。我々の社会には、既にして米軍基地の存在に反対する沖縄県民は中国の手先であると誹謗中傷し犯罪的言辞を浴びせる日本語の話者が少なからずいる。

一方、軍にとっての沖縄戦の教訓とは「島の戦闘は守るより攻撃側が有利」だ。現在、尖閣諸島の緊張の高まりを口実に自衛隊は、島しょ防衛と称して南西諸島の軍備を強化しようとしている。

自衛隊の隊内誌によると、自衛隊の離島作戦とは、敵の攻撃を受けたら島をいったん占領させる。その後、日米の増援部隊が強襲上陸して島を「奪還」する内容だ。尖閣のような無人島だけでなく石垣などの有人島も想定している。だが軍事作戦の中に住民避難の発想はない。住民が巻き込まれた沖縄戦の再来が危惧される。

 防衛省自衛隊のサイトや喧伝される「島嶼防衛」には住民の避難という概念はいまのところ一切ない。それでいて、宮古先島への陸自配備の段取りはどんどん進められている。つい先だっては宮古島市長が笑顔で自衛隊関係者の訪問と協力要請の会見が行われていた。すべては時間の問題だろう。

「住民が巻き込まれた沖縄戦の再来が危惧される」と新聞が書いても、時は既に遅しなのではないかとさえ思う。

未来永劫「基地の島」であることを沖縄は選択するのか

沖縄県民は、ほんとのところ沖縄戦の教訓をどのように考えているのだろう。辺野古新基地建設が米軍の「長期的持続可能なプレゼンス」を確かなものとするのは日米共同声明の通りである。普天間の「危険性除去」など日米共同声明ではひとことも言及されていない。辺野古埋立承認した仲井眞県知事が言い訳がましく言い募っているだけである。ウソだと思うなら日米共同声明を読んでみるといい。*4そこにあるのは負担軽減ではなく「影響軽減」だけであり、それも「長期的持続可能なプレゼンス」を確かなものとする文脈でコミットするだけである。

仲井眞県知事と自民党沖縄県連が選択した道は、日米両政府と共に沖縄を未来永劫「基地の島」とする。どんな言い訳をしても、この選択の事実だけは逃れられない。それは彼ら彼女らを支持する県民一人一人もだ。

島嶼はどのように非戦非武の島になるか

現状では、1972年の米国から日本国への施政権返還時に沖縄の民が願った「基地のない島」は絶望的な願望だけであり、「現実」にはあり得ない夢想、絵空事のように思われる。

そのような「現実」への“流され”や“慣れ”が、私たちをして国が憲法を破壊することへの怒りや焦りをも日常の中に解消させ小さくしてしまう。この先に「戦争」はあるのではなく、もうそこにある。

私は「基地のない島」を諦めたくはない。新報社説が振り返りの中で発見し、さりげなく光をあてた「ワシントン体制」は重要なのではないか。太平洋上の島々と同じ島嶼としてつながり、国際社会に訴求し、島々から軍事を排することは重要だ。

第32軍創設によって、沖縄は米軍の標的になった。それ以前は沖縄に本格的な軍隊は配備されていなかった。なぜか。それを解く鍵は第1次世界大戦後に築かれた国際秩序にある。
100年前に始まった第1次世界大戦は人類が初めて体験した総力戦だった。戦後、軍縮を目指して1921年から22年にかけてワシントン会議が開かれた。その結果結ばれた海軍軍備制限条約に、太平洋の島々をめぐる軍縮が含まれている。当時日米は同地域で覇権争いをしていた。同条約により米国はフィリピン、グアムなどの軍備強化を停止し、日本は台湾、琉球諸島小笠原諸島などの軍備を凍結した。
ワシントン体制と呼ばれる新たな世界秩序によって沖縄は非基地化された。しかし後に日本は同条約を破棄し、沖縄に第32軍を創設する。基地の島沖縄の源流は、日本が軍縮の枠組みを一方的に断ち切ったことにある。
自衛の名の下に他国の戦争に介入しようとしたり(集団的自衛権)、海外での武力行使も許されたりするというのは、明らかに憲法の否定である。それは無念の死を遂げた沖縄の戦没者に対する冒涜(ぼうとく)でもある。私たちが成すべきことは、国際社会と共に東アジアを非核・共生のモデル地域として育んでいくことだと確信する。

沖縄戦の教訓こそ未来永劫へ

憲法を否定し、沖縄の戦没者に対する冒涜を成す国家政府を政治家たちを許してはいけない。

沖縄戦の教訓は、なによりも、島を戦場にしてはいけないということだ。それはありったけの地獄の口を開けることになる。

子どもたちに渡してはならない。地獄を。

 

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