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宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

西普天間住宅地区の国際医療拠点計画について

詳しく情報を追いかけているわけではないので、これから書くメモは正確さに欠くだろうことと、それゆえ私の推察は大いに的を外すかもしれない。

西普天間住宅地区のことである。

国際医療拠点

キャンプ瑞慶覧(西普天間住宅地区)は来年(2015)3月に返還が予定されている。返還そのものは1996年のSACO最終報告で位置づけられた日米合意である。

  • 2012年に施行された駐留軍跡地利用推進特別措置法に基づき今年1月に「拠点返還地」に指定され、日本政府は跡地利用のモデル地区と位置づけている。
  • 宜野湾市・地主会・沖縄県、そして日本国政府でつくる跡地利用協議会で「国際医療拠点ゾーン」が検討されている。
  • 琉球大学医学部や附属病院の同地区への移転が計画されている。
  • 自民党は「OMIC」(Okinawa Medical Innovation Center)構想なるものを打ち上げている。

西側は斜地で都市計画的には公園とか、そういう形でしか利用できないだろう。問題は東側の部分だが、そこに「国際医療拠点ゾーン」などが計画されており、琉大医学部と附属病院の移転計画も発表された。

がん放射線治療の重粒子線治療施設も計画されており、琉大は「産業振興、国際研究交流、地域医療水準の向上」の三本柱を掲げ「国際医療拠点」への参画の意思を明らかにしている。

米海軍病院

「国際医療拠点」そのものについては、よく知らないが、西普天間住宅地区には隣接して米海軍病院がある。これも1996年のSACO最終報告で移設が日米合意された事案で、キャンプ桑江(北谷)から2013年に移設が完了した施設。日本国の資金54億5000万円をかけて造られた西太平洋地域で最大の米海軍病院である。

自民党の「OMIC」構想は、米サンディエゴ海軍医学研究センターが蓄積する膨大な診療データを活用して新薬開発や人材育成を進めることを目論んでいる。それらはすべて在沖米海軍病院があるが故に成り立つ話である。自民党WT(座長・島尻あいこ参院議員)の報告書でも「米国は沖縄以外にはデータを出さない」と特筆されている。

戦争ビジネス

西普天間地区で始められようとしている「国際医療拠点」には、不可欠の構成要素としてアメリカの海軍病院が組み込まれている。

宜野湾市沖縄県も、琉球大学でさえ巻き込み巻き込まれ、主体的に踊り出し、国が自民党がバックアップして走り出そうとしていることの根幹に、米軍の存在が位置づけられていることは、4月25日の日米共同声明にある「長期的に持続可能な米軍のプレゼンスを確かなものとする」一環にしかならない。

西普天間住宅地区がSACO最終報告で返還合意されたのはアスベストが使用された一階平屋の住宅群は既に未使用で米軍としても不要であったからだろう。そして海軍病院の移転も老朽化している施設をスクラップ&ビルドするためにSACO最終報告の中に盛り込まれた。

返還される西普天間住宅地区の土地は、米軍施政権下で「銃剣とブルドーザー」により米軍に奪われた土地である。その土地を県民に返還し、同時に跡地利用に米海軍病院を出先機関に日米共同プロジェクトを推進する。

宜野湾市沖縄県が描ける絵ではない。日本政府が動いているのは間違いないし、米海兵隊を始めとするアメリカ側の政治や思惑も大いに絡んでいる。これは「戦争ビジネス」である。

沖縄側(宜野湾市沖縄県琉球大学)の踊りはとても痛ましい。その踊りは「長期的に持続可能な米軍のプレゼンスを確かなものとする」。

私はとても憂鬱。

 

参照

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「土地接収に反対する支援者(伊佐浜)1955(昭和30)年7月」『琉球政府関係写真資料43』沖縄県公文書館 http://www.archives.pref.okinawa.jp/publication/2013/03/post-162.html