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宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

「戦争できる日本」へ事態危惧—佐藤学

下記は、琉球新報掲載(3月31日)の佐藤学さんの時評。Web上には出ていないので新聞から書き写しFacebookにノートしていたのだが、重要な指摘なので、ここにも置いておく。

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「戦争できる日本」へ事態危惧
クリミア・尖閣フォークランド

2014年3月31日 琉球新報文化面15

【時評]2014/3,31

佐藤学

 

ロシアのクリミア「併合」が、今後の世界にどのような影響を与えるのか、さまざまな議論がなされている。プーチン大統領が行ったことは、国際政治を、冷戦も第2次世界大戦も飛び越えて第1次世界大戦時の状況に引き戻した、すなわち、大国による領土分捕り合戦の時代が再び始まったという主張がある。

折しも欧米では、第1次世界大戦勃発百周年の今年、特に今日の中東の政治状況の起源を、第1次世界大戦が生み出した「秩序」に求める議論が盛んになされており、「大国」ロシアの行動を、その文脈に置く議論がなされている。ロシアの動きは、冷戦後世界の「ゲームのルール」を変えたのだろうか。

市場統合の過渡的状況

米ソ冷戦の終結が示したものは、軍事力のバランスに関心を集中させて国際政治を分析する「リアリズム」理論が、国内経済の重要性を全く見逃していた実態であった。米ソ冷戦は、長らく恐れられていた核戦争ではなく、また、通常兵器による戦争でもなく、ソ連の経済崩壊により終結した。全体主義で国民の意思を国家の決断に反映させる方途が全くなかったソ連ですら、国民に食糧や燃料を充分に供給できない経済体制では、強大な軍事力を行使することができないまま、冷戦に敗北し、ソ連とその同盟体制は崩壊した。

この理解が正しいとするならば、なぜ、今日のロシアが「力」を背景とした領土拡大に「成功」し、欧米諸国は経済の相互依存関係にもかかわらず、ロシアの暴挙を阻止できなかったのか。欧米諸国が有効な経済制裁で一致できずに、ロシアがクリミア併合を刻々と既成事実化させている状況は、同時に、中国の東シナ海南シナ海での領土拡張の動きを、中国経済の世界市場への統合で止めることはできない、という見方、そして、そのためには尖閣での戦争の危険がより一層高まるという日本の保守勢力の主張を後押しするかのようである。

しかし、ロシアと中国の市場への統合のあり方の大きな相違に注目すれば、歴史は単純な繰り返しではないことが分かる。

行使とどまる軍事介入

ロシアは政府歳入の半分が天然ガスと石油輸出による、典型的な「途上国型」資源輸出経済である。今年の経済成長率は1%に達しない。それがなぜ欧州に対して強い立場を維持できているかは、欧州がロシアの天然ガスに依存しているからである。この強みをロシアは維持できるのか。米国から欧州にシェールガスを輸出できるまで、法整備と施設建設にまだ数年かかる。それが実現すれば、天然ガス価格の低落のみならず、現物のロシア依存も軽減できることになる。

対する中国経済は、周知のように工業製品の下請け生産・輸出、および国内不動産市場への投資により、高い経済成長を維持している。しかし、中国工場でのアップル社の製品生産で知られる台湾の鴻海は、中国の人件費高騰を背景として、米国ペンシルバニア州での工場建設を決定している。工業生産は、容易に移転が可能であり、中国経済は輸出市場からの経済制裁に対しはるかに弱い。

ロシアが現時点で「強く」見えるのは、このタイムラグのためであり、中期的にロシア経済は「領土拡張」を維持できない。さらに今回の暴挙が、軍事力行使によらなかったことを考えるべきである。ソ連時代、衛星国の政治改革の動きを度々軍事介入で潰(つぶ)したのに対し、ソ連崩壊の序曲であったバルト三国の独立、またベルリンの壁崩壊以後の東欧に、ソ連は軍事介入できなかった「冷戦後」の秩序こそ想起されるべきである。

他方、米国は、ロシアに対する有効な抑制手段、制裁手段を欠き、英独といった緊密な同盟国を強硬な制裁に同意させることができない。米国共和党は、シリア空爆を回避したオバマの「弱腰」がこの事態を招いたという批判を展開しているが、シリア空爆回避は、連邦議会が決定したことである。米国は戦争しなければ国が持たないというような言説があるが、ブッシュ時代の戦争への反発・厭戦(えんせん)気分が強く、緊縮財政を求める民意の下、米国は今、戦争ができない。そして、それは世界にとり悪いことではない。米国の圧倒的な軍事力の優位は、それこそ「抑止力」になっているのである。クリミア問題で米国が軍事介入し米ロが直接戦争していたら、世界はどうなるのか。

「遠隔地」の戦争

目を日本に転じる。安倍政権も、大方の日本国民も、もはや尖閣をめぐる中国との軍事対決は不可避と考えているようだ。辺野古での海兵隊基地建設を強行するのは、米国を対中軍事対決に引き込む担保のつもりだからである。だがハーグでのオバマ=習声明を読めば、米国にそのような戦争に加担する意思が無いことは明明白白である。

同時に安倍首相は、辺野古をもって、歴史認識における「戦後レジームからの脱却」をも米国に容認させようとしてきた。しかし、今般の「河野談話」に関する米国からの強い圧力により、それが不可能であることを現時点では受け入れざるをえなかった。そもそも、単なる海兵隊の基地に、対中戦争引き込みと戦後世界秩序の否定を容認させるほどの価値を、米国が見いだす訳がない。

しかし、安倍首相は、1982年のフォークランド戦争が、英国のナショナリズムを高揚させ、サッチャー長期政権に道を開いたように、「遠隔地」での戦争で、「本国」には直接の影響が無くそしてナショナリズムを爆発させられる、尖閣をそのような機会として使うつもりではないか。

中国と戦争を起こせば、日本の株式市場はどうなるのか、経済全般がどうなるのか。「遠隔地」だから無傷と考えるならば、それは真の愚者である。そして、沖縄県民の生活は、瞬時に成立しなくなる。観光客はゼロになり、燃料も食糧も海運が止まり、宮古八重山から10万人を超える住民を退避させねばならない。尖閣での戦争とは、そういうことなのである。

しかし、これが杞憂でない傍証が、朝日新聞今月2日付の記事にあった。安倍首相は2004年に、腹心の下村博文・現文科相らを英国に派遣し、この視察団が「フォークランド紛争を機に国民が誇りを取り戻し、『自虐偏向教科書の是正』といった改革へ続いた、と結論付けた」とある。「日本が戦争をできる国になる」という批判は、これまで多分に「狼少年」のように見られてきただろう。しかし、もはや事態はここまできているのだ。(沖縄国際大学教授)

 


フォークランド紛争の記録映像 - YouTube