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宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

陸自の宮古配備調査に理解求める 防衛副大臣

防衛副大臣が、宮古島市を訪れ陸自の配備について理解を求めたらしい。

陸自宮古配備調査、理解求める 防衛副大臣 | 沖縄タイムス+プラス

新聞記事を読む限り、水面下でこの話は相当進展していて、今回の副大臣訪問で表立ってのスタートを切るということのようだ。宮古島の島民は、賛成と反対で二分されるだろうことは火を見るより明らかだ。そして、市長の反応や市議会が圧倒的に与党多数という状況を勘案すれば、島民の反対の思いを実現するにはかなり厳しい展開になることもみてとれる。

災害時の対応という大ウソ

防衛副大臣は「災害時の迅速な初動対応が住民の安全を守る上で重要」などと述べたようだが、陸自の「島嶼防衛」広報によると三つの段階を想定している。

  1. 平素からの部隊配置
  2. 実力部隊の緊急的かつ急速な機動展開
  3. 水陸両用部隊による奪回

宮古島への陸自配備もこの一環であり、平素からの部隊配置なんだろう。しかし、金をかけたと思われる「島嶼防衛」広報映像をみても、どこにも「住民の安全を守る」ことなど位置づけられていない。むしろ、これは無人島の奪還を想定しているんだろうとしか思えない。

沖縄戦の教訓

私には、沖縄戦の教訓は《人々が生きて暮らす島を「戦場」にしてはいけない》としか思えないのだが、日本政府はそんなことを微塵にも思っていないようで、領土防衛しか考えていない。尖閣でもしなにかあったら、明らかに宮古・先島、島々はパニックに陥り、海路も空路もライフラインは断たれ島民はたいへんな思いをすることになるだろう。そうならないための「平素からの部隊配置」なんだということなのかもしれないが、現在の状況はあまりにも安全保障について武力にのみ偏りすぎており、とてもじゃないが危険が増しこそすれ減じる気配は感じられない。

安全保障とは軍事力だけではない

集団的自衛権に関する議論や日米安全保障条約体制に関する現実の国家予算の掛け方や、沖縄での新基地建設強行の動向などをみると、日本国は国家安全保障を軍事力でしか考えていないのかと思う。いや、外交努力は大事でODAや様々な支援を行っているというかもしれないが、中国脅威論や尖閣問題の煽り方などをみていると、とてもじゃないが危険極まりないとしか思えない。どう不測の事態が起らないようにするか、他者との対話を通じて、お互いの立場を理解し共通の利害を見出し共生していく努力をするべきではないのか。それらトータルな行為として安全保障はあるはずだ。日本国は偏っている。

不誠実極まりないではすまない

陸自の「島嶼防衛」プランで一言も触れられていない「災害時の迅速な初動対応が住民の安全を守る上で重要」などと、まるで災害救助隊の配備に理解を求める如く言うのは有事の際に明らかに「犠牲」になる蓋然性の高い島民に対して不誠実ではないのか。国はいっそのこと、陸自を災害救助隊に改組した上で、配備への理解を求めたらいい。

南西諸島への軍事展開は新たなる「沖縄戦」への備えである。「沖縄戦」が捨て石作戦であったことは歴史的事実であり、現在政府が進める「島嶼防衛」なるものが無人島の奪還の如く広報されているのも、捨て石作戦が永続していることの顕現なんだろう。不誠実極まりないではすまない日本国政府の無意識の露呈なのかもしれない。


陸上自衛隊広報映像 -島嶼部に対する攻撃への対応- - YouTube