宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

新たなる「沖縄戦」への一歩

昨日(4月16日)の辺野古埋立訴訟の被告である沖縄県の答弁・意見は、どれほどたいへんなことなのか、沖縄県の「戸惑い」を報じているタイムスの記者も県政の中の人も気づいていない。

起こったことは、「沖縄戦」への大きな一歩なんだ。1972年の復帰後も、省みられることなかった「建議書」の精神をどこかに残しつつ、政府に向き合ってきた沖縄が、政府と同じ立ち位置から現実を行政を基地を語りはじめた。

タイムス報道や報道にいる県庁幹部とやらは「沖縄vs政府」を仮構したいらしいが、それは端的にウソでしかない。沖縄県庁は、民衆に対して法治主義を装い刃を向け(どころか刺し)ているのである。「沖縄民衆vs政府・県庁」というのが正しい図式だろう。民衆の側にいるのは誰だ。弁護士や活動家や政治家や諸々の人間達がいる。政治家の中には保守系の人間もいるだろう。

2000年代に、条件付き容認で新基地を受け入れている沖縄の政治状況の中で保守でもなく革新でもないと動き出した人々がいた。民主党という動きが生まれ国政における政権交代まで成したが、無惨にも辺野古回帰した。あの流れはすべてがそれで途絶えたのか。今般の沖縄市長選挙では民主党自民党を推薦するまでに堕している。

中央政府・政治との系列の中で政治を規定している限り、沖縄は限界を突破できない。いまこそ、沖縄の民衆に依拠した、民衆の中から立ち上がる政党が欲せられている。そのような政治的連帯が。

革新共闘ではなく、中道保守までウィングを広げるということはそういうことなんだろう。大丈夫、やれる。政治のリーダーシップをとっている人々は自信を持って万障を乗り越え盤石の体制をつくってほしい。

それほどまでに、沖縄は危機を迎えている。それほどまでに、沖縄が向き合う現在の日本国・行政権力はおそろしい。仲井眞県政は行政権力を自治ではなく国家の端末として機能させようとしている。それがどれほどおそろしいことか。「沖縄戦」はそこにある。

https://twitter.com/nagonagu/status/455550188447219712

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以上はFacebookに投稿したもの。ここに再掲しておく。

下記に県の答弁書等へのリンクを貼っておく。二つともPDFファイル。私のevernote

辺野古埋立承認取消訴訟(県側答弁書)

辺野古埋立承認取消訴訟(執行停止に係る県側意見書)