宮城康博blog

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盗人猛々しい普天間基地と、恭順の意を示す宜野湾市長と

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画像は、2012年9月29日、普天間基地全ゲートが封鎖された際の「市民広場」のゲート。民衆が車両で封鎖後、米兵がゲートを開けようとしもみあいになったときのシーンである。(普天間3ゲート、車で封鎖 米兵、市民引っ張る - 琉球新報 - 沖縄の新聞、地域のニュース

青いヤッケを着ている人物(山城博治)を、基地の中に引きずり込もうとしている。山城さんは仲間に助けられ、ゲートの中に引きずり込まれることはなかったが、もし引きずり込まれていたらどうなっていたかと考えると恐ろしい。

「市民広場」は、9.30に機動隊により民衆排除がなされゲート封鎖が解かれて以降も、米軍によりゲートが閉ざされたままである。

明らかに「市民広場」にある駐車場や野球場などを利用する市民への嫌がらせであり、オスプレイ強行配備に反対する民衆行動への報復である。米軍は基地内への出入りに関係する「市民広場」以外の野嵩にある「市民駐車場」も閉鎖し利用を拒絶している。

この米軍側の嫌がらせに対して、宜野湾市長が講じようとしている対策/対応は、「市民広場」等の利用から反対行動をとる民衆を排斥すると米側に示すことで恭順の意思を示し、ゲートを開けてくれることを懇願するというものである。「体を張ってでも(オスプレイ配備を)阻止する」と勇ましい発言をしていた市長はいとも簡単に腰が砕けてふにゃふにゃである。
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http://article.okinawatimes.co.jp/article/2012-12-02_42280
…市は市民広場を利用する上で、禁止事項や違反した場合は1年間の利用を許可しないという罰則規定などを盛り込んだ要綱案を作成。駐車車両には市が許可証を発行し、平日午前6時から午後7時まで警備員を配置して出入りを監視するとして、米軍に理解を求めるという。
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宜野湾市「市民広場」は、1978年から「米軍の好意」(宜野湾市ホームページでの表現)により使用が許可され現在に至っている。

野嵩の「市民駐車場」「市民広場」とは経緯が違い、使用開始年次は1976年5月付で宜野湾市から米軍へ「これまで通り…」使用を許可するよう要請が出されているようなので、1976年以前から使用されていたようである。市が借り受け、管理団体に委託し市民の利用に供しているが、「市民広場」の駐車場等と違い有料なのは、以前管理上の問題(ゴミの不法投棄や夜間の盗難事故等)が生じたようで現在の形式になっているようである。

ついでといってはなんだが、「市民広場」の使用が開始される前年(1977年)には現在の宜野湾市役所用地が返還され市役所が建設された。

市役所用地になった軍用地が返還(1977年)される際に、隣接する「市民広場」(1978年)とて返還することができた土地ではないかというのは当然の疑問である。

「市民広場」及び野嵩の「市民駐車場」は現在、日米地位協定に基づき日本政府により米軍に提供されている施設・区域であるが、日米地位協定2条3項は次のようになっている。

3 合衆国軍隊が使用する施設及び区域は、この協定の目的のため必要でなくなつたときは、いつでも、日本国に返還しなければならない。合衆国は、施設及び区域の必要性を前記の返還を目的としてたえず検討することに同意する。


「市民広場」及び野嵩の「市民駐車場」は、30年以上もの長きに渡って軍用地としては使用されておらず、これは日米地位協定2条3項に位置づけられた「協定の目的のため必要でなくなった」土地ではないか。30年以上もの長きに渡って軍用地として占有し続け米軍が「好意」で宜野湾市に使用を許可し続けているのは、主客が逆転した本末転倒ではないか。

地位協定2条3項における「この協定の目的のため必要でなくなったとき」という抽象的な位置づけの弊害は大きい。目的のため必要でなくなったとき」に明確な基準などなく、米軍が必要だと言えば日本側は一度提供施設・区域に設定すればどうにもならない。日米地位協定の問題点はここにもある。

宜野湾市長は、沖縄タイムスの報道にあるような罰則規定まである強権的な「使用要項」を市議会の議決も経ずして定めるつもりであり、現在のところ「要項」でしかないと市議会は報告だけ受けて黙認するようである。

「要項」は条例や規則と違い行政実務上の運用面に関する定めであり、市民に対して直接法的な効果を及ぼすものではなく、であるから議会の議決を要する条例とは違う位置づけをされている。今回の「使用要項」は報道によると罰則が位置づけられており、これは条例等で位置づけられるべき性質のものではないのか。 

宜野湾市議会は、このような市長の行為を、「市民広場」を利用する市民である(野球場などを利用する)青少年のためということで認めるのか。子どもたちは、そのような大人の行為を喜ぶだろうか。グラウンドなら小中学校や様々な場所もあり、大人が知恵を出し工夫して子どもたちのために汗をかいてできることがあるのではないかとおもう。

今後の市議会や市民の動向を注視したい。

いずれにしても、宜野湾市長の行為は、拙速に過ぎる。私が調べた限りでは、宜野湾市が軍用地である「市民広場」「市民駐車場」の返還を公式に米軍や日本政府に求めたことは、これまで一度もない。

宜野湾市長は普天間基地オスプレイ強行配備され、市民の安全が極限まで脅かされている現在、やるべきこと/やるべきやりかたがあるのではないか。市長がいますべきは米軍の「好意」を懇願し反対する市民運動を排除することではなく、毅然と普天間基地に対峙し、市民生活を守るために「どうぞお引き取りください」と日米両政府に断固たる閉鎖撤去の要求をすることである。

(了)