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宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

INTERNAL SECURITY ACT OF 1950―冷戦の遺物との対峙

Internal_security_act2012年9月27日の野嵩ゲート封鎖から始まり、28日の大山ゲート。そして29日、沖縄を直撃する大型台風のさなかに普天間基地の全ゲートが民衆により封鎖された。29日から30日まで、1945年沖縄戦時に米軍が民衆を収容所に閉じ込めている間に土地を強奪して造って以来はじめて、普天間基地は沖縄の民衆により封鎖された。

30日には、警察権力により民衆は排除排斥されゲートは再び開かれたが。翌日には、米軍資産であるコンクリート造りのデカイ黄色い壁が野嵩ゲートに設置された。その米軍のコンクリートの壁には、写真のような「警告看板」が貼られている。

警告の根拠法としてあげられているのは、下記の通りである。


INTERNAL SECURITY ACT OF 1950
SCTION 21:50 U.S.C. 797(1976)
1950年 国内保安条例
1978年改訂 合衆国法 797号 21条:50条

「許可を得て立入る者は、身体、所持品検査に同意したものとする」という日本語の文章だけ読むと、所持品などの検査が行なわれるだけのようだが、“INTERNAL SECURITY ACT OF 1950”は、治安維持や破壊活動防止、共産党の取りましを目的として1950年に制定されたアメリカ合衆国の法律である。マッカラン国内治安法とも呼ばれ、議会での制定時には言論の自由を脅かすと大統領の拒否権も発動されすったもんだしたらしい。いくつかのセクションは違憲とされているなど、民衆の自由の敵のような悪法である。

“SCTION 21:50 U.S.C. 797(1976)”は、国防総省や各軍の防衛資産の保護について規定されており、条文では明確に施設への立入禁止が謳われているわけではないが、この条文を根拠とした国防省令や規則は明確に軍事施設への立入禁止について定め、当該施設指揮官に独自の規制を出すことを認めている。

日本国には「刑特法」がある。長ったらしい名前だが、コピペすると「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う刑事特別法」である。
「刑特法」の第二章で「罪」が規定されており、その第二条で在日米軍基地や演習場などの施設・区域を侵す罪が定められている。


(施設又は区域を侵す罪)
第二条  正当な理由がないのに、合衆国軍隊が使用する施設又は区域(協定第二条第一項の施設又は区域をいう。以下同じ。)であつて入ることを禁じた場所に入り、又は要求を受けてその場所から退去しない者は、一年以下の懲役又は二千円以下の罰金若しくは科料に処する。但し刑法 (明治四十年法律第四十五号)に正条がある場合には、同法 による。

米軍は野嵩ゲートに「警告看板」を掲げたが、それはアメリカ合衆国の法律でしかない。日本国民が野嵩ゲート(即ち普天間基地)に入った場合は、「刑特法」第二条を根拠に裁かれることになるはずだが、何故にアメリカ合衆国の法律を根拠に警告が発せられるのか。

同様の「警告看板」は、1983年に埼玉県にある米軍の大和田通信基地でも貼り出され、国会でも問題にされ、その際には米軍側が謝罪し速やかに撤去したということが国会議事録でも確認できる。(参照:まるみやノート

1983年の大和田通信基地の場合と、今回の普天間基地の場合では何がどう違うというのだろうか。

日米地位協定第3条では、「管理権」について次のように規定されている。


第三条
1 合衆国は、施設及び区域において、それらの設定、運営、警護及び管理のため必要なすべての措置を執ることができる。日本国政府は、施設及び区域の支持、警護及び管理のための合衆国軍隊の施設及び区域への出入の便を図るため、合衆国軍隊の要請があつたときは、合同委員会を通ずる両政府間の協議の上で、それらの施設及び区域に隣接し又はそれらの近傍の土地、領水及び空間において、関係法令の範囲内で必要な措置を執るものとする。合衆国も、また、合同委員会を通ずる両政府間の協議の上で前記の目的のため必要な措置を執ることができる。

「必要なすべての措置」に、今回のような合衆国法を根拠にした「警告」が含まれるのだろうか。通常、基地フェンスに掲げられた警告看板には「日本国の法律で罰せられる」と明記されているが、合衆国法を根拠にしなければならない理由はどこにあるのか。それも“INTERNAL SECURITY ACT OF 1950”=マッカラン国内治安法である。

日米地位協定第17条10項では、「警察権」について次のように規定されている。


第十七条
10(a)合衆国軍隊の正規に編成された部隊又は編成隊は、第二条の規定に基づき使用する施設及び区域において警察権を行なう権利を有する。合衆国軍隊の軍事警察は、それらの施設及び区域において、秩序及び安全の維持を確保するためすべての適当な措置を執ることができる。

(b)前記の施設及び区域の外部においては、前記の軍事警察は、必ず日本国の当局との取極に従うことを条件とし、かつ、日本国の当局と連絡して使用されるものとし、その使用は、合衆国軍隊の構成員の間の規律及び秩序の維持のため必要な範囲内に限るものとする。

基地内における「警察権」を米軍は有している。
ここで9月30日のゲート封鎖を排除排斥する際の県警機動隊の動きを思い返す。大山ゲートに関しては、パイプライン側からゲートまでの区間は提供区域であるが、近隣の民間施設等への考慮も含めて、曖昧なバッファゾーンのようなエリアになっていて日本国の警察が当該道路封鎖を「交通法」に基づき排除排斥した。レッカー移動された封鎖車両は違反切符を切られた。しかし野嵩ゲートに関しては、同じくレッカー移動された封鎖車両は違反切符を切られていない(うろ覚えで申し訳ないが、確かそうだったはずである)。
この両者の扱いの違いは、野嵩ゲートへの進入道路は明確に提供施設・区域内という位置づけであり、米軍側の「警察権」が及ぶというものなのだろうか。であるから、大山にはない「警告看板」が野嵩には掲げられる。

それにしても、腑に落ちないのは、1983年の大和田通信基地の際には、速やかに謝罪し撤去した。地位協定3条や17条の規定で今般の野嵩ゲートでの「警告看板」が説明できるなら、1983年と2012年の違いは、日本と沖縄の違いなのではないだろうか。私は疑問を捨て去りはしない。

いずれにしても、私の能力と現状では理解するに足る情報が欠けている。米軍が運用しているマッカラン国内治安法の当該条文を読み込み、それが在日米軍施設にまで適用されることの問題をも射程に入れて考えなければならない。

1945年に強奪された普天間基地をとりもどすための、沖縄の民衆の非暴力直接行動はアメリカ合衆国マッカラン国内治安法とも対峙することになる。過激な反共思想を骨格にした冷戦の産物である同法と対峙することは、冷戦の産物であったはずの沖縄の米軍基地を冷戦後も固定化し続けようとする日米両国との緊張感ある対峙とパラレルである。

冷戦の遺物を未来につなげようとするゴーストたちと我々は戦わなければならない。

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追記地位協定の条文を改めて確認して、第2条3項を読んで腹立ってる。普天間基地の「市民駐車場」や野球場や諸々を速やかに返せ、バカやろう。盗人猛々しい海兵隊めぇ。

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第二条
3 合衆国軍隊が使用する施設及び区域は、この協定の目的のため必要でなくなつたときは、いつでも、日本国に返還しなければならない。合衆国は、施設及び区域の必要性を前記の返還を目的としてたえず検討することに同意する。

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