宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

「解決策は基地撤去」

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PHOTO:仲渡 尚史 野嵩ゲート前」2012.10.19

集中しよう。
今回の事件を受けて米軍は夜間外出制限という常套手段としかいえない措置を講じてきた。23時から翌朝5時までの禁止措置にどれほどの効果があるかは疑わしいどころか、総員命令が出ている期間はさすがにおとなしくしているだろうが、その後は元の木阿弥であることは、沖縄の民ならずとも我々の社会は既に知っているはずだ。いかなる小手先の措置が講じられようと、問題の解決にはつながらない。中部市町村会が記者会見で言葉として発しているように「解決策は基地撤去」であり、そこしか出口はない。

琉球新報2012.10.19/「解決策は基地撤去」中部市町村会が言及

問題は、基地撤去の出口へ至る道はどのようにしてあるのかである。
日米両政府がそこを出口と具体的に考えるには、それ相応の民衆の行為があり、それを支持する世論があり、政治的社会的な動向がある。口で言うのは容易く、戦後67年間に堆積したモノの考え方や言葉の定義や社会の細部のあり方すべてが、途方もない壁となって我々の眼前に迫り来る。それでもなお、我々はそこを目指してひとつひとつの行為を積み重ね進んでいくしかない。

あらゆるところで、つまらん、ほんとうにつまらん、酷いセカンドレイプの発言が繰り返される。告発した被害者の勇気は挫かれ、自尊心は破壊され、我々は自身の無力と世界の非道さを嘆きながら被害者のことを忘れ日常を生きる。どれほどの恐怖と勇気をみれば、我々はこのような社会状況を変革するために本気で立ち上がり動き出すというのか。そのように動き出している人々や集団がある。我々は連帯し、社会そのものを変えていく動きに接続しなければならない。

解決策である基地撤去をなすために、我々が早急にしなければならない事柄は多く、多様である。

米軍基地の存在は沖縄の地域社会に構造的に組み込まれている。
日本国政府の沖縄政策の根幹には、日米安全保障条約に基づく在日米軍基地の安定的維持というポリシーがあり、それに基づき、というかその土台の上に、リンクしているとかしていないとか喧しいが、沖縄振興や諸々が乗っかっている。
沖縄振興や通常の自治体運営における財政構造上の問題を、そのようなポリシーから丁寧に具体的施策を腑分けし切断し、基地撤去および基地撤去後の沖縄の地域社会の健全で持続可能なあり方に組み替えて行く必要がある。
沖縄の地域社会で生きて状況をみていると、そこを主体的勢力的に行なっているクラスターが少ないというか、私が世間知らずなんだろうが見えてこない。
もちろん自治体職員や行政機構は、プロパーであり情報も集中するし施策を立案し講じる実行力を有している。しかし、彼ら彼女らは、統治機構の一員でしかなく自ずと発想や行動に限界があるのは当然である。自治体職員にいい仕事をやらせるためにも、政策を検証し立案するシンクタンク機能が沖縄社会には必要である。
政党がそのような機能を担うことが期待されているのだろうが、中央系列の支部でしかない沖縄の政党はそのような機能が不十分。いきおいローカルパーティに期待するところだが、期待できる地域政党はない。
島袋純や佐藤学らがやっている自治研などに期待したいが、期待していいのかは私には判断できない。いずれにしても、沖縄はそこの部分をしっかりしないと、どんなに首長を替えて議員を替えても、行政権力の中枢を握っている霞ヶ関や永田町のコントロールから逃れることは難しい。

民衆の運動としては、平和運動センター平和市民連絡会議などの組織以外にも、様々な個人やグループがそれぞれのイシューに向かい立ち上がり動き出している。特筆すべきは、昨年から今年の年末年始の県庁で起こった人々の行動にあるように、所属する団体等を持たない個々人がツイッタ—やフェースブックで情報をシェアしながら具体的に動き出していることである。この動きは、先月末の普天間基地の全ゲート封鎖の際にも発揮され画期的な成果を得た。1945年の沖縄戦時に無断で土地を強奪され造られた普天間基地に対して、67年後にはじめて民衆によるゲート封鎖という事態が生じた。もちろんそれらは、平和運動センターや幾多の組織や団体の主体的行動と民衆の自発的行動が合致し生じたものである。起こっている事態は沖縄社会における人々の意識の反映であると同時に、生じた事態により沖縄社会が反応し中部市町村会をして「解決策は基地撤去」という言及につながっていく。この動向は止まることはないだろうし止めてはならない。まさしく「解決策は基地撤去」でしかないのだから。

1997年に首長や議員たちに(基地建設に関する意思決定を)決めさせるわけにはいかないと始めた名護市民投票から、15年経った。普天間代替などというメッキも剥がれた新基地建設の拒否は、コモンセンスといっていいレベルになっている。県民のなかにはまだ誘致や諸々を企んでいる人々がいる(だろう)が、少なくとも公的領域で影響力ある人々が沖縄の民衆の理解と同意を調達できる形でそのことを言える状況にはない。
現段階では、普天間基地を閉鎖し撤去させることに集中することだろう。「であるから代替基地を」という政府の言説に対峙することになるが、我々には「であるから全基地閉鎖へ」という言葉がある。

政策的諸問題をどうしていくのかについて、個人的にも興味と関心があり、市議会時代からの十数年余の蓄積もあるが、現在の立場ではそのことに深入りする余裕は私にはない。自分の自由に使える時間と少しばかりの経験値等を有効に活用するベストを考えて、今般の沖縄の状況の片隅でできるかぎりのことをしていきたい。

いずれにしても「解決策は基地撤去」でしかない。ひとりの人として、人々とともにこじあける。この出口を。