宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

名護市における新基地建設問題の現在について雑感

下記は8月11日に記しFBに置いていたノート。オスプレイ普天間強行配備を目前にしつつ、大きな抵抗と衝突、混乱、様々な事態が考えられるが、その向こうに「であるから代替施設=辺野古新基地を急ぐ」という政府の行為がみえる。どこまでも沖縄を蹂躙することしか考えない政府の行為が。

基地を誘致したい辺野古区は、テント村を撤去したがっているが、有効な手が打てずにいる。実際には返野古区も、撤去そのものは簡単ではないが稲嶺市長への揺さぶりと自らの意思(新基地建設を条件付き容認している)を発するアクションぐらいに考えているのかもしれない。

この動きは功を奏するだろうか。辺野古区のそのような動きに対して呼応したのはレイシスト外道集団でしかない「在特会」と先頃集会を催した極右イデオロギーを持つ個人や集団ぐらいである。おそらくそのような動きが公然化し彼ら彼女らが返野古区支持をガナリタテテ名護市内を席巻したら、名護市有権者は恐怖心から引くだけで返野古区や経済界の誘致派にとってはマイナス以外の何ものでもない。

民主党政調会長の前原が前名護市長である島袋や北部の経済界の誘致派連中と非公式に会談しているが、さほど深く次の展開のための何かが進行しているということは寡聞にして聞かない。新聞では「リンク論」として、北部振興拡充の前提は新基地建設とする前原発言が批判的に紹介されていたが、前市長島袋は極右連中が主催し数百人を集めた集会で同じように「リンク論」を展開する。

前原の動きを過大に見積もって、島袋前市長ら誘致派の動向を過大に評価する必要はどこにもない。名護市有権者や北部の住民が、このような単純な「リンク論」に目をくらませて新基地建設を再度是認するには、北部市町村会もこれまでの方向を撤回し反対決議している現状の壁を乗り越えていかなければならない。彼らは現状では「リンク論」そのものが破綻していることを知らない。

ここでいう彼らとは、前原や前市長島袋らである。しかし前原にとってはそのようなことはどうでもいいのであって、これまでの経過を踏まえ様子を探りにきたレベルであろう。前市長島袋は前市長というだけでキーマンの如く振る舞っているが、おそらく前原の言う「リンク論」に安直に乗るレベルでは、早晩名護市の保守や誘致派からも見放されるだろう。

3年前の名護市長選挙で当選した稲嶺市長は選挙時に「故岸本建男市長は基地を造るつもりはなかった」と公言しているが、おそらくそのことがアキレスになる。稲嶺市長の言い分では、岸本建男の7つの条件は「抵抗」である(※)。そのような評価は新基地建設に反対している革新やインテリや市民にも散見される。

誘致派が、新たなる抵抗としての「条件」を発明し、政府と協調ではなく対峙しつつ沖縄の利害を主張しオスプレイが飛び交う普天間を解決するために新基地建設を受け入れていく回路は閉ざされていない。そのようなロジック/レトリックを駆使し、リンク論/振興策—庶民を釣る餌(誘致派の狙いの本丸は基地建設利権)—はさりげなく後景に退かせ新基地建設を受入れていく。

名護市で実際にいまどのような動きがあるかは知らないが、次の市長選挙へ向けて誘致派/保守陣営がだらだら手をこまねているとは到底思えない。逆風張帆の精神を侮ってはいけない。

※ 確かに受け入れ当初にはそのような側面があったことを私は否定しない。しかし、それがなしくずしにされ、基地建設計画だけが既成事実として進んでいく様を私たちはまざまざとみたし、岸本建男市長及び名護市職員らが政府に絡めとられ「条件」骨抜きに加担していく様を私たちはみた。「故岸本建男市長は基地を造るつもりはなかった」は明らかにウソである。陸上案に病床から抵抗も神話でしかない。彼は米軍再編で陸上案が有力視される中でリーフを埋め立てる浅瀬案—埋め立てなら比較的利幅も多く望める市内誘致派の土建業者と辺野古区の支持を得られる案である—を支持表明した。これのどこが抵抗だというのか。

【追記】

余談以外の何ものでもないが、最近友人から仕入れた名護市のうわさ話の類いも備忘のためここに記しておく。

市長選挙時か市議選なのかは確認はしなかったが、元市長の比嘉鉄也氏が選挙時に岸本建男氏の息子(市議になっている)や家族を演説でボロクソに言っていたらしい。友人は、鉄也氏もヤキが回って有権者からの信頼を失っていることのエピソードとして語ってくれたのだが、私には違う意味で面白かった。名護市の選挙では、まだ(もう薄れてはいるだろうが)故人である岸本氏をめぐる綱引きがされている。前回の市長選挙時には当時の現職島袋も新人稲嶺も、我こそは岸本建男の後継だと自認していた。そういう意味では、未亡人や息子を支持者に引き入れることに成功した稲嶺市長が後継者ということになるんだろう。岸本氏の家族は、新基地建設を推進した市長という(家族が思うところの)不名誉から故人をサルベージしたかったのだろうし、稲嶺氏の「故岸本建男市長は基地を造るつもりはなかった」という発言で形的には成就した。しかし、当時の同問題における市政の状況を知るマスコミの取材者や関係者(少なくとも私)は、そのようなサルベージがまやかしでしかないことを知っているし、サルベージのため切断された誘致派の諸君のルサンチマンの如き腹立たしさはすごいものがあるだろうことは想像できる。それが、先の友人が話した鉄也氏のエピソードからもうかがえる。

政府は「誘致派」に肩入れするための資金は潤沢に動かせる。代理店や宣伝戦略の専門家が、新たなる「抵抗」の発明に一仕事することも十分あり得る。故人をサルベージしたつもりが逆用され稲嶺市政が窮地に立つことだって考えられる。やな渡世だねぇと思うが、真に人々の支持と信頼を得る「言葉」をどのようにつかみだしていくのか。政府が諦めない限り、名護市民は選挙の度に問われ続ける。