宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

『沖縄対本土』基地と金の話

(タンブラに置いたノートだが、ここにも置いてみる)

オスプレイ配備が目前に迫る。

安全性への懸念や疑問に関しては、事故を少なくするようデータ操作されたり、事故原因は機体の安全性能を強調しパイロットミスに転嫁したり、さまざまなことが米軍により行なわれていることが明らかになっている。

日本政府は調査権限も持たずに安全性の調査チームを訪米させ、米政府の言い分を拝聴しに出かける。これもオスプレイ配備のための儀式の一環である。

安全性や騒音への懸念はもちろんことだが、安全であれば配備を認めるのかといえばそれは違うという主張も県民の中からは出ている。沖縄戦から地続きで米軍基地の島にされ続けてきた沖縄が、日米安保の名の下に米軍の殺戮出撃の地にされていることを拒否する思いが根幹にある。

政府や沖縄の基地を維持したい側からは「抑止力」という言葉が出るが、空軍が「抑止力」を担っている現状であり海兵隊及び海兵隊の輸送機であるオスプレイは「抑止力」とは無関係であると専門家に指摘されている。

ハワイではオスプレイの下降気流などによる「考古学的資源への影響を懸念」して訓練計画が中止されているが、沖縄では絶滅危惧種や貴重種への影響は信じられないぐらい軽く評価されて計画に影響は与えていない。

いずれにしても、沖縄県民の度重なる抗議や運動、沖縄県内すべての自治体議会が反対決議をしているにも関わらず、オスプレイ配備計画は進行し続けている。

8月12日に琉球新報が報じた米議会の報告書では、沖縄と日本政府の関係について「議論の多い基地問題が『沖縄対本土』という問題になっている」と記され、沖縄側は米軍駐留の負担と引き換えに多額の補助金を受け取っていることが指摘されている。2012年度の沖縄振興予算2937億円も知事の新基地建設許可に影響を与えるとしている。

米議会報告書がどこいらへんを取材しソースとしながらこのような見解を出しているのかは知らないが、政府や自治体の行政関係者や政治家など意思決定に関わる人々がどのように考えているかはうかがえる。

沖縄の自治体は10年余も条件付きで普天間辺野古移設を認めてきた。在日米軍再編と日本国政府の政権交代などが続き、かつて条件付きで新基地建設を認めていた沖縄の政治勢力は複雑に捻れ現在では違う生き物になっている。

何が変わって、何が変わっていないのか。しっかりと検証考察し現在の自画像を見出さなければ、米議会報告書にみる国家予算も絡むリアリズムの前で、沖縄は大きく翻弄されることになる。新聞でも「リンク論」などと見出しまで立っているが、基地建設に伴う特別の振興や補助金が基地建設とリンクしているのは自明。そんな振興や補助金は「リンク論」などと括弧で括るほどの話ではない。問題は、リンクしていない予算や振興までがリンクされているかのように報じられ断じられ仄めかされることであり、そのことで浸透する概念である。沖縄振興予算2937億円の根拠、計算式の透明性こそ重要であった。

日米政府は沖縄にオスプレイを配備し運用し、県民が危険を避けたいと言うのであれば日米政府が提案している唯一の実現可能な案「新基地建設」を受け入れよとプレッシャーをかけてくるのは目に見えている。

政府からの極悪非道なプレッシャーに打ち勝ち、沖縄の現在と未来の展望を開くために、沖縄ではそれぞれが焦燥感に駆られながら今を生きている。