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宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

我が谷は緑なりき

12日に行われた市議選の結果、名護市議会は辺野古への新基地建設に反対する議員多数となった。画期である。この四年の間には、中央政府政権交代もあり、名護市長選での稲嶺氏当選もあり、様々な政治的動向があった。新基地建設に「条件付」で賛成していた沖縄・名護市が、長い年月をかけて自身を騙すための「条件」を剥ぎ落としていき、ここまで来た。議員諸侯も、有権者も変化してきた。生きて戦い、明日をつくるために努力していることに敬意を表する。

逆に政府の変化のなさは驚くほどである。政権交代してなお、紆余曲折の末、辺野古への新基地建設にこだわり続ける。1996年のSACO合意、1997年の名護市民投票、その直後の比嘉鉄也名護市長(当時)の受け入れ表明、出直し市長選挙での比嘉市長後継の岸本建男市長誕生が、それほどまでに大きな政治的インパクトだったということだろう。

岸本市長の基地建設受け入れの「条件」は、彼が市長として政府と交渉している間にも、その表向きの毅然さとは裏腹に中身はボロボロスカスカになっていった。それでも有権者の支持を調達できるという結果が続いていた。彼の死後、大きく地殻変動がおき、現在の稲嶺市長誕生という基盤ができあがる。

もう名護は、かつて私が岸本建男氏と戦っていた名護ではなくなっている。おそらく、個人的には現在の名護市の状況を彼は喜んでいると思う。矛盾を抱え、翻弄されながら、政府相手に戦い明日をつくる何かを引き出そうとした岸本氏はいない。

これから名護市は、基地建設に伴う高額補助や特別制度に頼らない「まちづくり」を志向していかなければならない。苦しいだろうが、がんばるしかない。足元を掘れば、必ず泉は湧く。

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どこぞの誰かが、オスプレイ配備について言及しだした。オスプレイについては、かつて書いた記事があるので、ここにリンクを紹介しておく。

名護市議会「野党」少数という結果は、政府にとっては多少痛手ではあるだろう。政府・民主党が、県知事選挙をどのように切り抜けるつもりかはわからないが、参院選のように不戦敗という戦術はとれないだろうから、なにをしてくるやら。民主党県連の動きなのだろうか、宮城弘岩氏擁立の動向が気になる。
名護市議会「野党」のこれまでの動向については、次の記事も参考になるかもしれないので、リンクを紹介しておく。

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