宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

英霊か犬死か

Eireiorinuzini

http://www.qab.co.jp/eirei/

2010年09月05日(日) 25:50 on air
テレメンタリー2010-英霊か犬死か-沖縄から問う靖国裁判

原告-崎原「戦死した母が命(ミコト)、神として靖国に祀られていたとは。死者に対する最大の冒涜だ!」
原告-安谷屋「たった2歳の弟が球(たま)部隊所属で死んだとして英霊にされている。祭神の名簿から削除して欲しいんです」

戦争で国のために命を捧げた軍人軍属246万柱を「神」として祀る靖国神社。そこに沖縄戦で死んだ民間人6万人近くが祀られていることはあまり知られていない。なぜ、軍人でもない沖縄戦の犠牲者、しかもゼロ歳児までが「軍神」や「英霊」となってしまったのか。

無断で祀られた家族の名前を祭神名簿から消してほしいと、沖縄の遺族たちは国と靖国神社を相手取り、裁判を起こした。そこには、国が戦後補償のような形で整備した「援護法」により、援護金をもらう代わりに一般の住民が「準軍属」と扱われるというからくりがあった。

石原昌家教授「援護法こそ、沖縄戦の本質を覆い隠すもの。積極的な戦闘協力だったとして地上戦の惨劇を美化し、国の戦争責任の追及を回避するものだった」

原告の一人、彫刻家の金城実さんは、本土防衛の捨て石作戦といわれる沖縄戦の死者が「英霊」とされ、「犠牲になってくれてありがとう」と解釈されているこ とと、「抑止力」の名目で民主党政権が再び県内に基地を押し付けようとしながら、「感謝します」と発言した今の構図は同じだという。

命を差し出し、基地を差し出して感謝される沖縄。金城さんはそれが許せない。

戦後65年たっても日米の軍需拠点にされ続けている沖縄の弱さを射抜くためにも、金城さんは戦死した父を「犬死」として、まずは国の付与した栄誉をひきは がすこと。そして戦争の本質を問い、繰り返さないことこそ、戦死した人の死を「犬死」にしない唯一の道だと、靖国裁判に執念を燃やしている。

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三上智恵さんから、ドキュメンタリー番組のお知らせが届いた。上記リンク先で、お住まいの地域での放送日時を確認してぜひご覧いただきたい。

【近況報告】

ガバン・マコーマックさんが旅の途上に沖縄に立ち寄られたので、お会いしてビールをご馳走になりながら、政治や社会、運動など多様な対話(というより、私がガバンさんに甘えて、言いたい放題させてもらうの図)を楽しんだ。

ガバンさんは「なごなぐ雑記」が更新されないことを残念がり、やさしくプレッシャーをかけていってくれた。私如きがと思うが、私に書ける視点や切り口はあるのだろうから、気負わずぼちぼちと沖縄をめぐる政治状況等について書くべきことを書いていこうと思う。

名護市議選について関係者からいろいろ聞かれるが、個別具体的には、なんら私がアドバイスしたり論評するようなことはない。現市長に対する野党多数になれば、政府と協調しつつ基地建設に向けていろいろ動きをつくることは目に見えている。名護市有権者が、どのような結果をつくりだすのかは注目に値するが、10数年も引っ張ってきた新基地建設問題は名護市有権者の判断にのみ任せるような事案ではない。構造的な問題を考慮に入れながら、短期長期で局面をみつめていかなければなるまい。

しばし中断していた、友人達との意見交換を再開しようと思う。