宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

世にも奇妙な物語

0629世知辛い世の中です。

ひとは生きていると、様々な問題にぶつかります。

すべてを解決して、“超ハッピー”“ラッキー”“るんるん”みたいな気分で、日々を過ごすことは、なかなかどうして、むずかしいものです。

わたしたち庶民は、むずかしい社会的諸問題の大部分を政治家や官僚にアウトソーシングして、日々の暮らしの中では考えずにいます。

問題解決をアウトソーシングされているアウトソーサーたちが、問題をつくりだしている根源だったら、問題の解決は困難どころか深化していくだけです。

それが、現在進行形の日米のありさまです。

[E:impact]

アメリカ大統領と日本国首相が笑顔で握手している写真が新聞の一面に掲載されています。

1945年の地獄の沖縄戦以来、沖縄島の民衆の土地を軍事力で奪い基地を造り居座り続けている米軍基地を、老朽化したので日本国民の税金で沖縄に造り替えようという約束を、大統領と首相は行いました。

両者は、デモクラシーを大切にする統治システムを持つはずの国家の代表です。

沖縄の民衆の大多数は差別的な国家の決定に反対しています。

日本国の首相は、「最小不幸」などという言葉遣いをどこかでしたらしいですが、不幸の存在を大前提に是認し、それを量的問題に還元し最小とすることで、リアリスティックな政治言語の如く流通させることに、大いなる違和を感じる人は理想主義的な空想家なのでしょうか。

沖縄の民衆は、日本国民の中では少数です。少数の反対だから「最小不幸」として我慢してもらうしかない。それが日本国民大多数の考えなのでしょうか。

問題解決をアウトソーシングされた政治家や官僚は、間違いなくその方向に舵を切り、歩みだしています。

アメリカ大統領と日本国首相が握手し、カメラに向かってみせる笑顔は、沖縄の民衆に向かってくる強大な圧力、剥き出しの暴力を隠すこともしない笑顔です。

「負担軽減」も「お礼」も、言葉がここまで空疎になるのかという地平でバーゲンされています。少なくとも沖縄では買い手はつきそうもない。にも関わらず、笑顔で両首脳は握手する。少数者を被抑圧者を踏みにじる二人はデモクラットではない。

[E:sun]

デモクラシーを大切にする(という建前の)統治システムの根幹が、ギシギシ揺らぎタガが外れたのかもしれない。

この先に訪れるだろうことは、すでに始まっている。

醜い空疎な笑顔を超えて、守るべきものを、創りだすにあたいする価値を、私たちはすでに手にしている。

問題の渦中で押し潰されそうな人々は、問題の表層ではなく根源にぶち当たっている。そこでは、問題の解決はアウトソーシングできない。

踊り、歌い、笑い、悩み、戦う。プリミティブな行為が輝く地平。

梅雨明けした沖縄の青空と太陽(てぃだ)の光の強さは、影を色濃くする。日陰では心地よい風が味方してくれる。

気負わず、ゆんなーゆんなー、足元を掘る、泉はそこにある。

そんなことを、まーふぇっかの風景を眺めながら思う。嘉数高台のふもとにて。

[E:end]