宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

偶感

5月28日に日米共同声明が成され、30日社民党連立政権を離脱した。世の人々は、賛否両論喧しいが、辺野古移設が日米合意され社民党連立政権に残る選択肢は考えられず、それをまっとうな論のように考えきれる思考/発言はおかしい。

社民党の連立離脱を巡って「政治は妥協の芸術」などという言葉もどこかで見てしまったが、「政治」以前の属国的妥協と国家的差別がなされる現状のなかで、そのような言葉は陳腐な現状追認を粉飾するだけである。もしくは現状の現実的把握が欠如している様を曝け出す。醜悪な裸踊りが至る所で踊られている。

金を得る仕事の休みを利用して偶感を記しておく。

辺野古移設」について、マスコミのみならず大勢の人々は経緯と事実を知らな過ぎるのではないだろうか。

1996年にSACO合意で普天間返還が決定され、その代替地として97年に日本政府により辺野古が名指しされたことに端を発する。97年の名護市民投票で反対が多数を占めるが、98年には条件付で賛成する首長が名護市沖縄県に誕生し、99年に沖縄側首長からの要望を受け入れる形で辺野古への代替施設建設計画方針は合意(閣議決定)された。「政治は妥協の芸術」というなら、この時点で沖縄は最大限の妥協をしている。

2006年には米軍再編で、99年の方針は沖縄側首長らの反対を無視して拡大合意された。その後、名護市長および本島北部の首長たちだけが振興策を条件に合意し、県知事も変わり追認する形になった。

2009年の総選挙では、沖縄の4選挙区すべてで辺野古建設反対の候補者が当選し、政権交代が成され、県議会の全会一致での反対決議、今年1月の名護市首長選挙の結果となり今日ある。

この十年余の状況の推移は、イデオロギーに基づく政治運動だけではなく、自然保護の観点からの動向や少数民族問題や様々な「線」が錯綜し、国際的にも広がりと深みを持った運動が行われてきている。沖縄を南の小さな島として、問題を押し込めておけばいいと思っている政府官僚や政治家、マジョリティの怠慢で傲慢なチカラに対して、沖縄は精一杯生き生きと闘い続けてきた。そのような活動が、政権交代や諸々の動向と結びつき、現在の沖縄では「辺野古新基地建設反対」はコモンセンスになっている。

経緯を見据えれば、沖縄は一度、大きく妥協した(98・99年)。日米両政府はその沖縄を無視し踏みにじった(2006年)。沖縄の一部(辺野古区・名護市)は政府に懐柔されたが、政権交代で抑えつけられていた民意は噴出し「辺野古新基地建設反対」はコモンセンスにまで達した。それを無視して、今般の日米合意は成された。

97年の名護の市民投票に主体的に参画し、その後は、妥協し受け入れた名護市で市議会議員として戦い続けた自分としては、今日の状況は決して最悪の状況ではない。サミットで浮かれ騒ぎ、振興策で地域発展と呆けていた市会議員や市幹部に、新基地建設がどれほど無謀な社会・自然環境破壊につながるかを説いても暖簾に腕押しだったのに、いまとなってはそれらの人々が反対集会の主催者の一員となっているという。名護は変わった。

政府防衛省は、自らには自らのチャネルがあるというが、間違いなく98・99年に大きく妥協した名護市の登場人物たちのことである。地域では最悪な戦いが起きるかも知れないが、そこは名護市民が踏ん張る領分である。それにしても、国家レベルでの事業を、地方自治体の首長の同意も得られず、誘致派としか考えられない金に群がる地域の一部の人たちを交渉相手に進めようとする日本政府の行為はあまりにも陳腐ではないか。統治権力として正統性を全く欠いている。マスコミはすでにこの問題に対しては、批判勢力でも権力を監視・抑止する機能でもない。

辺野古に新基地など造れない。沖縄は日米政府に対して大きな妥協(1999)をして、それが裏切られ(2006)、後戻りできない地点で反対を表明している。

政治は様々な民意の動向の中で意思決定していくシステムである。少なくとも民主主義体制とはそうだろう。ミクロには私自身のなかの幾多の私が、日常の暮らしの中でとっている行動にも政治がある。社民党の連立離脱を背景に「政治は妥協の芸術」と発する言葉には、傍観者的な臭いが感じられるが、それは傍観という政治選択をして現状を追認する腐臭である。

沖縄が行った大きな妥協に粘り強く「うんにゃ」と踏ん張った沖縄の民意があって今日の沖縄がある。この踏ん張りの中に、政治的には敵対的闘争的要素があるのと同時に、闘技的でありながらも地域で生きる隣人たちとの空間であるという妥協が意識され(つつ、踏ん張りはある種の覚悟と節度を伴って行われ)てきた。「政治は妥協の芸術」は、そのような踏ん張りを生きた人々の暮らしの細部からこそ立ち上がってくる。

日本全国の心ある人々は、沖縄のこの十数年余の民衆の動向から学ぶべきことは大きい。おかしいことにはおかしいと言い続けること。下手な考え休まずに、決してあきめないこと。他者への信頼を忘れないこと。

世間は喧しいが、私は至って楽観的である。グダグダな国家社会にはグダグダな政治しかないが、私たちがミクロポリティシャンとして、そのグダグダと同化する必要は全くない。

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