宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

沖縄対政府の尊厳をかけた政治闘争が

 人が日銭を稼ぐために汲々としている最中に、なんだか政治行政の世界はキナ臭い雰囲気に満ちている。

 『沖縄論』の編著者である宮本憲一氏は「沖縄問題は日本問題なのである」という。『沖縄論』は、現実主義的理想を実現するための沖縄政策論であると同時に、鋭く『日本論』として読み解かれなければならない。

 戯れに『沖縄論』の帯に書かれた問いをひっくり返してみる。

広大な米軍基地の存在と
沖縄振興開発政策は
日本国に何をもたらしてきたか。
未来に向けて
日本国はどう変わるべきか。

 戦後日本政治を支配した自民党から政権交代した民主党連立政権が、米海兵隊普天間飛行場撤去に関し「県内移設」を選択しようとする現在。

 これは『沖縄論』の帯に書かれた問いをひっくり返した問いに戻れば、日本国は変わりきれないということなのだろう。この国の政治はどこか完璧に狂っている。

 日本国という「国家」が変わりきれなければ、沖縄という「地域」が変わろうにも自ずと限界はあると考えるのが常道だろう。沖縄の現実を生きて、不公正差別的な基地の島の現状変革を望む立場からは、その限界を冷静に認識し対処しなければならない。いたずらに自ら限界を狭めてみすぼらしい精神状態に陥らないためにも。

[E:pisces]

 これもほぼ戯れにだが、三つの切り口を措定してみる。

①政治的限界。
 「県内移設」を推進する(してきた)圧倒的マジョリティである自民・民主という政党に対して、沖縄が行える政治的主張と行動。
②経済的限界。
 ポスト三次振計が2011年度で終わる。その先のビジョンをどのように構築しうるのか。
③行政的限界。
 国が決めた事業(米軍施設建設)に対して自治体が行える抵抗の種別と有効性。

 ①に関しては、1999年に稲嶺恵一沖縄県知事および岸本建男名護市長が行った「県内移設」受け入れは、条件を付すという沖縄からのぎりぎりのところでの妥協/抵抗であったともいえるだろう。しかし、その妥協/抵抗(=条件)は2006年の米軍再編で日米政府により完全無視されるという結果を得ている。※1

 そのような経緯の延長上でまだ同様の政治的主張(妥協/抵抗=条件)を行っているのが、国民新党の出す嘉手納統合案における「期限」である。このようなレトリックで政治的争点が乗り越えられ沖縄の利益(負担軽減)につながることはない。

 今年に入って、名護市長選の結果、沖縄県議会での決議、公的領域における沖縄の主権者の政治的主張は「県内移設反対」で明らかになっている。このような状況下で、政府が「県内移設」で決定するということは、沖縄対政府の尊厳をかけた政治闘争にしかならない。

 沖縄(の政治行政)はこの十年余、引くところは引きすぎなぐらい引いたのだから、もう引けないというレベルにある。民主党連立政権の「県内移設」というハードランディングは、変わりきれない日本どころか、酷さが深化した日本国の姿をあらわにする。沖縄は必死に抵抗し、問題を沖縄に押し込めない政治的努力をするだろう。

※1 しつこいようだが、故岸本建男氏の条件を付すという行為をして彼は「基地を造るつもりはなかった」などという、稲嶺進名護市長の発言は論外である。この十年余の歴史をなかったことにはできない。造るつもりもなかった基地建設に反対するために、命を削るような辺野古現地での人々の闘争があったわけではない。稲嶺市長の陸も海も反対という発言は支持するが、故岸本市長への彼の評価は決定的に想像力を欠いている。名護という狭い地域における政治判断もあるのだろうが、狭い地域だからということで許されるなら、また来る政府からの基地建設という重層的なプレッシャーには耐えられない。

 ②に関しては、1999年の沖縄の「県内移設」受け入れが行われたときの状況を想起しなければならない。1998年の県知事選挙で「県政不況」という造語まで出て大田革新政権は敗退したが、県知事に当選した稲嶺恵一氏は1995年の「県民大会」で経済界代表でステージ壇上にいた人間である。98年当時は三次振計の終焉が目前で、ポスト三次振計がどうなるかと政治経済の領域では不安がられていた。それらがあって沖縄県内の保守勢力と経済界が、政府と協調する稲嶺知事を誕生させたのである。それ以降の経緯は、その誕生の出自に規定されている。

 2011年にはポスト三次振計も終焉する。その後のビジョンをどのように打ち出すことができるかは、沖縄の政治経済、自治体問題に関係する学者・研究者・政治家・役人・経済人・すべての市民にとって大問題である。沖縄の経済の現実を規定するといっても過言ではない。その構造的問題は、「県内移設」に対する政治闘争と直接的間接的に関連してくる。『沖縄論』における政策的主張は、鋭く沖縄が直面する現実的問題への提言である。

 ③言われているように勝連沖埋め立てというプランになれば、明らかに公有水面埋め立ての問題がある。陸上案になれば、名護市は軍用地代を供託してでも市有地に関して政府への賃貸契約拒否をすればいい。その他、可能な限りの抵抗を考える必要がある。

 一番の問題は、『沖縄論』においても考察されているが、安全保障問題における国―地方の関係について、憲法に依拠しつつ地方から独自に説得力ある主張を行う必要がある。そのための「力」を沖縄の自治体は強化していなかなければならない。負担の大きさに寄りかかる道徳的主張のみではなく、負担軽減への道を切り開く政治的政策的主張が求められる。

[E:cancer]

 日々の暮らしの多忙さへと埋没し何にも考えたくなくなる手前で踏みとどまってるわけではないが、現実主義的理想を捨てたくない一点で、私は信頼する人々と共に生きる道を探し続けている。

 たまの休日に雑感覚書。あぁ、27日は何を話せばいいんだろう。気が重い。[E:despair]

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