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宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

「普天間移設」という呼称について

 快晴、休日、雑事で多忙中。少し休憩して雑記を記す。

[E:pencil]

 今朝の新報朝刊の見出しにも普天間移設」という文字が鎮座している。[E:catface]

 新聞やメディアで、政治的社会的問題となっている案件について呼称が与えられる。呼称は名であり、名は実体を表象する。私たちは、その呼称を用いて、その案件について何か考えたり話したりする。

 私は普天間移設」という呼称に、不安と不満と、めまいのような感覚を覚えている。

[E:moon3]

 13年前、それは「代替施設」と呼ばれ「海上ヘリポート」と呼ばれた。それから「県民の財産」と県知事に呼ばれ、軍民共用空港」と呼ばれた。そうして2005年には日沖共同の詭弁(=「県民の財産」「軍民共用空港」)のメッキは日米両政府の決断により剥がれ、海兵隊の空・海・陸の「港」機能を備えた拡大総合基地になった。

 そのような経緯を踏まえてなお、この案件を普天間移設」と呼ぶのは政治的行為である。政府案の中には、「普天間飛行場」をそのまま残し自衛隊管理にして有事の際に米軍が利用する案まで浮上しているという。それのどこが普天間移設」なのだ。

[E:moon2]

 現在は海兵隊管理になっている普天間飛行場は、米軍が沖縄県民を収容所に隔離している間に土地を取り上げ日本本土攻撃のためにつくった基地である。沖縄戦から65年も経てそれを返還・撤去させるために何ゆえに沖縄県内に「移設」しなければならないのか。

 普天間飛行場の閉鎖・撤去の問題など、日米両政府の戦後処理の問題である。それを怠っているのではなく、沖縄を踏みつけ続けることに日米両政府の利害が一致し、米軍基地の島として「戦後処理」されて今日の沖縄がある。

[E:moon1]

 普天間移設。それも「県内移設」という問題は、日本国の戦後と現在が、どれほど欺瞞に満ちたものであるのかを如実に示している。

 だいたいが、海兵隊がローテーションで回る海外基地の拠点のひとつでしかないのに、それがなぜ、どのように、日本国の安全保障のために必要で、抑止力になるというのだ。台湾有事や朝鮮半島有事のためなどというのは海兵隊の機能と役割の現実をみていない空論でしかない。

 沖縄の立場からは「普天間閉鎖・撤去」しかない。普天間移設」はそれを必要とする政府と沖縄県外の国民が考えればいいことだ。私は知ったこっちゃない。

 日本国のマジョリティである日本人のみなさんは、沖縄で生きる私をエゴイストと呼ぶか?言いたくはないが、沖縄は「日米安保」の過重な負担を担い続けている。エゴイスト呼ばわりこそ恥知らずな行為である。

[E:fullmoon]

 目下の私の関心は、沖縄の中にいて、普天間移設」沖縄県内で受け入れようと考える人々が、何を考えているのかである。

 名護市沖縄県からの要請を受けて条件付で基地建設を受け入れた1999年は、三次振計が終わることへの動揺があった。2000年に「沖縄経済振興21世紀プラン」最終報告、それを基にして「沖縄振興計画」が2002年度より10年間の期限ではじまった。2011年度、つまり来年度で「沖縄振興計画」は終わる。

 1972年より三次にわたって続いた政府の振興開発計画体制にどっぷりと浸かってきた沖縄。新基地建設への特別振興策をも加えながら、結果的には四次目の十年延長措置を経て今日がある。経済と政治はイタク密接に関わっている。金武湾のCTSも山原の森を破壊する無駄な林道工事も、名護市の基地建設問題だって「市と国の問題である」として革新県政で進んだ。

[E:newmoon]

 沖縄の政治・政策の脆弱な部分が、これからどのように狙われ、もしくは自ら露呈し瓦解していくのかを思わなければならない。そうならないためにも。

 普天間移設」などという呼称に規定されることなく、問題そのものを自ら抉り出し、名付け得ぬ複雑な現在をこそ問いたい。それがささやかな問いであったとしても、私ができる精一杯の抵抗であり創造である。

  [E:end]