宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

「基地返還計画 軍事から経済発展の拠点に」

 「基地返還計画 軍事から経済発展の拠点に」は、2010年1月11日付けの琉球新報社説のタイトル。私は概ね、この社説の主張を支持するが、少し異論というか別の角度からみえる風景もある。そのことについてメモしておく。

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-155447-storytopic-11.html

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 …(略)
 「日米安保の危機」を懸念する日本政府、嘉手納基地すらも失いかねないとの「脅威」が米政府をも動かし、県計画は「困難」とされた普天間を含む11施設の基地返還を打ち出す「SACO合意」を引き出す成果を挙げた。
 政府や本土財界、県内の一部には「米軍基地がなければ沖縄経済は破綻(はたん)する」との固定観念がある。
 だが、県の調査や実際に返還された基地跡地を見ても、ハンビー飛行場(北谷町)のように返還で雇用効果が23倍、税収が50倍、経済波及効果で81倍、牧港住宅地区(那覇新都心)も返還で雇用が37倍、天願通信所も60倍の雇用効果を上げている。
 以前はともかく、現在では基地と基地外の土地の生産効率も格段の差だ。普天間基地(基地関連収入約125億円)は1ヘクタール当たり約2600万円だが、基地外の市域は同6700万円と2・6倍。牧港補給基地(同約200億円)も7300万円に対し市域は1億5500万円と2倍の生産効率だ。
 ことしは安保改定50年の節目だ。基地を再検証する好機にしたい。

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 ハンビー飛行場跡地の商業地区の成功で、沖縄市など周辺の商業地区が陥没していったのは否めない。パイはさほどでかくなったわけではないのだろうから。那覇新都心だって投機の対象になり開発ラッシュで賑わい、確かに経済効果はあったかも知れないが、それが沖縄の地域社会における持続的な経済振興のありかたとは到底思えない。新都心などを歩いていると、えらく高そうな気取った居酒屋や飲食店が並び、ほんとうに沖縄は貧富の差が激しい階級社会だと思い知る。貧乏人だからこそみえる風景もある。

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 沖縄136万県民のうち中南部都市圏には約114万人が暮し、人口密度は政令指定都市である北九州市を凌ぐほど異常に高い。那覇浦添宜野湾などの「那覇都市圏」だけをみると、日本の三大(首都・中京・近畿)都市圏並みの人口密度である。wiki:中南部都市圏/那覇都市圏参照)

 これらの圏域においては「米軍基地がなければ沖縄経済は破綻(はたん)する」という固定観念は明らかに誤りであり、逆に「米軍基地が沖縄経済の阻害要因」ということもいえると思う。

 しかし、北部の基地についてはどうだろう。キャンプ・シュワブを有する名護市、キャンプ・ハンセンの金武町宜野座村、北部訓練場の国頭村・東村、伊江島補助飛行場の伊江村。おそらくそれらの自治体では、基地が返還されることになったら返してくれるなと大騒ぎになる。

 沖縄の米軍基地は本土の基地が国有地に立地しているのと違い、そのほとんどが民間地や自治体の公有地である。軍用地料収入は、自治体の財政構造に否応なく組み込まれている。それらは一般財源として自治体が自らの裁量で自由に使える収入である。これをおいそれと手放すことは考えられないし、また突然なくなってしまったら財政破綻は免れない。各自治体がそのような不測の事態に対応して財政健全化のために軍用地料を原資に積み立て等をしているなどのお話は寡聞にして知らない。

 さらにそれらの基地を維持するために防衛省が所管する補助事業などのメニューが手厚く施され、地域の公民館や学校、道路などの公共施設が整備されていく。市町村議員はそれらの事業を自らの地域に引っ張るために選ばれ奔走する。「基地経済」は民間レベルの経済活動のみではなく、財政依存的な側面からも考察しなければ、沖縄における「基地と経済」の問題はみえてこない。

 名護市には、軍用地料収入として一般財源に毎年20億円の歳入(それらは辺野古区など基地に隣接する字に条例に基づき6:4で分収され、12億円強が名護市の実質収入)がある。それを原資に様々な市民サービスを行なうことは可能であり、基地が所在しない自治体よりその点では恵まれているといえる。名護市の場合は、それらが旺盛な土木建設補助事業の自治体負担分として投下され、「土建市政」を支えているのが現状である。

 政策の優先順位を見直し、不要不急の公共工事を廃し福祉や教育を充実させる方向に軍用地料収入を振り分けることもできる。どの自治体にもいえることだが、問題は、名護市有権者がどのような「まちづくり」を望むのかだけである。首長を選び出すということは、市民みんなの金をどのように使うかということである。

 この十年余のあいだに北部の基地が所在する各自治体にとっては、基地は金(振興策)を生み出す打出の小槌のようになり「振興策バブル」に踊り狂った。2006年の宮城茂東村長(当時)の「(基地と振興のリンクについて)建前と本音を使い分ける時代は過ぎた」(防衛省での記者会見)発言や、最近では島袋吉和名護市長の後援会長である荻堂氏の「また辺野古に帰ってくるのでは。その時は、今よりもっといろんなことをお願いするつもりだ」(読売新聞2009.12.24)という発言など、驚くに値しない本音の一端でしかない。これらの動向が1995年の不幸な事件に端を発した、一連の政策が導き出した帰結だと思うと、個々の発言や行為は陳腐でも闇は深い。

 中南部の基地を北部に整理統合していく日米の計画(「SACO合意」)が、北部地域の自治体に及ぼした悪影響は計り知れない。自治の腐食である。

 新報の社説「基地返還計画 軍事から経済発展の拠点に」が光を見ようとしているのはわかる。しかし光あるところ影はある。その二つをしっかり見据えて、対象をトータルに把握し問題解決する努力なくして、沖縄は軍事植民地から脱することはできない。社説末尾にある「基地の再検証」もまた然りである。

 だれが基地を欲しているのか。軍事植民地は強権的に押し付ける側だけで成立し得ない。ましてや民主主義社会であるなら。それを受入れ利益を享受する植民地協力者の存在が必須である。

 おそらく民主党連立政権は、あたらしい統治の仕方を探している。これまでの閣僚や主だった人々の発言や行為をみると、それが軍事植民地・沖縄の頚木を緩めはしても解こうとしているとは思えない。翻って沖縄側はどうなんだろう。
 
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 最近、自己認識が進んだ。私は自分をヘタレで気が弱いヤツだと思ってたけど、ヘタレは確かだが気弱とはいえず筋金入りの「ジーグヤー」である。ひらきなおって、いちジーグヤーとして生きていこうと思う。闇の深さと格闘して、闇をして発光させたい。なんだか清々している。 [E:catface]