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宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

政治の貧困

20091230k0000m010107000p_size5  民主党小沢幹事長普天間移設先として下地島空港を提起したらしい(毎日新聞2009年12月30日)。さらに普天間継続使用で訓練だけ伊江島下地島という案も浮上しているらしい(朝日新聞2009年12月31日)。日本人の政治は海兵隊を沖縄に隔離しておくことしか考えつかないのか。10年余も「歌舞伎プレイ」を演じ、政権が変わっても本質は変わらない。政治の貧困は骨の髄まで貧困である。
 
 次に掲げるのは、1998年3月13日に神奈川県内のホテルで行なわれた、普天間移設に関する日米の非公式協議の記録である。(琉球新報2009年11月15日

[E:memo]日本側から守屋武昌防衛審議官、防衛庁防衛政策課部員と外務省北米局審議官らが出席、米側はキャンベル国防次官補代理のほか在日米大使館公使らが参加しているが、外務省審議官および在日公使らは発言なし。

[E:shadow] 県内移設の理由としてわれわれが言っているのが、沖縄の戦略的位置ということ。地元などには非常に言いにくいのは、沖縄に海兵隊を支えるためのインフラがあることそのものが、在沖海兵隊の県外移設を難しくしている、ということだ。

Campbell_2  それは違うのではないか。事実は、日本政府が、沖縄以外で海兵隊のプレゼンスを支える基盤を米側に提供することが政治的に不可能だ、ということだろう。日本側の政治的事情と米側の作戦上の理由を混同してはならない。

[E:shadow] 仮に日本政府が北九州や四国なりに適当な基地や厚生機能など軍事インフラを提供すれば、沖縄の第3海兵機動展開軍(3MEF)は、そこに移駐することが可能か。

Campbell_2 当然だ。沖縄以外にそのような場所があれば、われわれは瞬時に移駐を決断するであろう。

Moriya_2  それは、これまで聞いている話と随分違う。なごなぐ注・聞いている話とは外務省の話ではないだろうか)

[E:shadow] 沖縄の3MEFすべてではなく、例えば第36海兵航空群か第3海兵師団を県外に移駐することも理論的には可能か。

Moriya_2 沖縄所在の3MEFの具体的にどの部分が県外に移駐可能かについてのアウトラインを示すことは可能か。

Campbell_2 そのような検討は、日本側が移駐先候補地を極めて具体的な形で米側に示してからでないと、とてもできない。ポイントは政治的なリスクを減ずることだ。しかし、県道104号越え射撃訓練の分散実施だけで、各地で騒ぎが起こっており、何千という海兵隊員の常駐を受け入れてくれる場所が一体日本のどこにあるというのか。

Moriya_2 県外移駐が米側として運用上受け入れ可能ということがもっと以前に分かっておればと思う。

[E:pencil]

 当然キャンベル氏は、現在では日米の「合意案がベスト」だと1998年の協議とは違うことをいうだろう。しかし、なにがどうベストなのか。「日本側の政治的事情」による県内移設であることを知ってしまった今となっては、沖縄県民を納得させることはできない。

 このような日米協議がなされていたことは公にされず、同1998年11月の沖縄県知事選挙において「海上ヘリポート」に反対していた現職の大田昌秀が落選し、自公が推薦する稲嶺恵一が当選することで、県外移設が検討されることはなくなった。翌年11月には稲嶺県知事が軍民共用空港建設地を「名護市辺野古沿岸域」と決定し、岸本名護市長に協力を要請。同年12月27日に岸本名護市長が条件付受入れ表明し、翌28日に日本政府は普天間代替施設は軍民共用とするなどの方針を閣議決定する。

 年明け早々に行なわれる名護市長選挙の予定候補者である稲嶺進氏は「当時は県外移設の可能性は全くない。建男さんが基地を受け入れざるを得ない状況がつくられていた」(沖縄タイムス2009年12月27日)と語るが、実際には米側から日本側に県外移設の可能性は提起され日本側の政治的事情で消されたことで「県外移設の可能性は全くない」という状況下であったのだ。

 そのような政治的事情のもと沖縄側からの要望を入れることで、普天間代替施設は当初の「海上ヘリポート」から規模拡大し、工法等に関しても埋立てという環境破壊著しいものに変化していった。

[E:wave]

 辺野古沿岸域は、沖縄県が「自然環境の保全に関する指針」で「評価ランク1」に分類しているほど自然度の高い環境である。

 普天間移設問題に関しては、沖縄側の要望・政策意思決定にも重大な問題があり、日米両政府のみを批判すれば事足れるというわけにはいかない。私は、名護市長選挙において、10年余の長きに渡り人々が分断され苦しんだ状況にのみスポットがあたることで、沖縄側のこれまでの政治的意思決定のありかたが不問に付され(あるいは)神話の如く扱われるのは、正直言って、沖縄側の自己に対する批判精神の欠如であり怠慢だとしか思えない。かかる精神のあり方は、自律・自治を遠ざけるだけである。

[E:annoy]

 しかしながら、現在でも営々と続けられる県内移設しかないという政治家や官僚、日本のマスメディアの頑迷な論調はそれ以上に問題がありすぎる。これは明らかに、沖縄「差別」であり、米軍基地から派生する事件事故、人権侵害の数々を沖縄に押し込めておこうという意思の表れでしかない。県内移設に関して「地政学的」「軍事的」云々とする数多のおしゃべりはそれらの変奏である。

 変化したSACO事案としての軍民共用空港建設は、米軍再編で沖縄側からの要望をすべて捨象しさらに規模拡大し「沿岸案」で合意されることになったが、その協議の際にも県外移設は検討され店晒しにされ消えていったことは明らかになっている。(なごなぐ雑記
2006年11月15日

 これまで日本政府は徹頭徹尾、普天間を沖縄に押し込めることしか考えきれていなかった。民主党政権になって、県外移設を模索する動きは出ているが、揺れ続けており、辺野古以外ではあっても県内、最悪は辺野古移設に舞い戻る可能性はある。年明け1月24日投開票の名護市長選挙の結果如何によっては、その蓋然性は一気に高まる。
 
 正月休みの戯事でしかないが、私なりに名護市のこれまでを素描しながら問題を整理し「誘致派の誕生」というエントリを書きたいと思っている。あまり期待しないで待っててください。

[E:end]

[追記]12月31日07:00 朝日新聞の記事へのリンクを加えました。ブコメにつまんない日本語の文字が湧いているのも発見。うんざり。