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宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

笑止、骨の髄まで基地誘致派でしかないヨシカズ名護市長が市民党

020122  2002年1月22日午後9時46分。岸本建男前市長と初当選した島袋吉和が握手していたとき、私は市内某所で泣いていた。建男さんはこの基地建設問題に殺されたようなものだ。あの選挙で基地問題を終わらせたいと私は建男さんの対岸で必死だったが、人々の思惑が絡み合い縺れ捩れ選挙結果は出た。

060407 島袋氏は政府の沿岸案に反対を公約し当選した。「妥協するな」という建男さんの末期の言葉をどのように聞いたか、3月27日に岸本建男が永眠した11日後、沿岸案と同じ場所で規模を拡大したV字案で政府と合意した。

 建男さん亡き後、私は張り詰めていた何かが弾け、市議落選を期に名護を離れた。現在は普天間基地のヘリが飛び交う宜野湾市に住んでいるが、人々が暮らす頭上を軍用ヘリが訓練で飛び交う日常は異常でしかない。「日常が異常」「異常が常態になった日常」―この現実を正確に伝えることばを私は持っていない。

 あれから4年が過ぐる、来年は名護市長選挙の年だ。名護市有権者は島袋吉和の行なった政府との「合意」を許すのだろうか。一握りの権力者たちが利権を握り、傍若無人に振舞う姿を生活のため地域振興のためと見てみぬふりするのだろうか。一ヶ月後には、名護市長が決まっている。

 琉球新報沖縄タイムスといった地元の新聞を読んでると、「ベストは県外、国が決めたら従う」と言い続ける島袋吉和のことばが繰り返し垂れ流され、まるで島袋吉和たちが基地建設を忌避している錯覚をおこさせる。彼の陣営が骨の髄まで基地を欲する「誘致派」、それも利権のために埋立て拡大を要求している腐臭すらする誘致派なのは自明である。にも関わらずおこる錯覚には、沖縄のメディアも加担している。島袋ヨシカズ後援会の荻堂会長は読売新聞の記事(前回エントリー参照)でこう発言している。

  「また辺野古に帰ってくるのでは。その時は、今よりもっといろんなことをお願いするつもりだ」

 この剥き出しの欲望が、この10年余名護市に注ぎ込まれた「振興策」の効果であり結果で、効奏しない地域振興政策の帰結/現実である。彼らは名護市が崩壊しても行進をやめない。沖縄の地元メディアはこの現実をしっかり伝えているか心もとない。

 私は思っている。名護市土建政治フィクサーである仲泊氏や院政を敷いている比嘉鉄也氏らは、振興策など有権者を騙すための飴ぐらいにしか思っていない。彼らがほんとうに欲しているものは、基地建設そのものである。そのビッグプロジェクトがもたらす経済効果である。それをたぐりよせるためなら、なんでもするだろう。

 彼らの「金の亡者」さ加減にウンザリしていた、大好きだった先輩も今はいない。

 個人的には稲嶺進氏は反対派なんかではなく条件付賛成をしていた建男さんの部下で優秀な行政マンなんだと思う。基地問題に関する当初の公約「辺野古合意案を見直し 県外移設を求める」はその域から出てきたのだろう。しかしこの問題の深さと大きさの現実を知る中で、現在の「名護市に新たな基地はいらない」に至ったのは理解できるし、その決断に敬意を表する。稲嶺ススムの市政変革 7つの柱とプラス1

 島袋吉和は、基地誘致派のイメージを払拭するために自公の推薦を受けずに「市民党」を標榜するという2009年12月25日  読売新聞。そして公明や自民党は全面的に応援。こんな有権者をバカにした選挙戦術が功を奏すとは思えないが、選挙はなにが起こるかわからない。稲嶺進氏の陣営には、危機感と緊張感を持って臨んで欲しい。稲嶺進氏が当選することと、基地誘致派でしかない島袋吉和が当選するのでは、今後の状況は大いに異なる。デモクラットとしての私は、ひとりの人間としてできることを模索し行いながら、名護市民の厳粛な審判の結果を待つ。

 …今日は26日。時間が許せば名護まで車を飛ばし、ピースキャンドルに参加したかったが、日々の暮らしはいろいろあって思うようにいかない。揺れる小さな炎を私も灯し、想像力でその連なりをみます。

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