宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

寓話・FUTENMAの行方【追記あり】

戦争があった。敗れた。占領された。国のあり方を変えた。占領者の指導を得て、平和主義で国民主権の民主主義国家になった。
しかし、国際社会に国家として認めてもらうときに、地上戦があった「島」を割譲し占領者の軍隊に統治させた。
占領者は、戦争中に「島」民から土地を取り上げFUTENMAという基地を造り、占領中もそのまま使い続けた。それから数十年を経て、FUTENMAの周りには都市ができた。
「島」は占領者から民主主義国家に生まれ変わった敗戦国に返還された。「島」民は、占領者の基地が無くなることを望んだが、そのままにされたのみならず、民主主義国家から占領者の基地が少なくなり「島」には基地が増える結果になった。

[E:cloud]

戦争から60年余も過ぎて、FUTENMAはとても古くて使いにくく危険な基地になっていた。占領者はFUTENMAを返すと決めた。「島」民は喜んだが、それは占領者のために新しい基地を造る条件付だった。その計画は「SACO」といった。
「島」民の大多数は新しい基地を造ることに反対した。それから10年余を経ても、基地建設は進まなかった。
占領者は、「島」にではなく、民主主義国家の領土内ならどこでもいいと言ったが、民主主義国家は「政治的事情」でそれができなかった。
占領者は怒った。民主主義国家は、困り果て、新たな計画を作って占領者と合意した。でも、それは「島」の同じ場所で、より拡大した計画だった。「島」民に納得できるはずがなかった。それは「米軍再編」といわれた。

[E:thunder]

民主主義国家の国民は、選挙によって新しい考え方で国家運営をするグループを選択した。「島」の住民たちは、四つの選挙区すべてで新しいグループの一員を信任した。新しいグループのリーダーたちは、「島」に基地は造らないと公言していた。

 

「島」の人々は、これでなにかが変わるかも知れないと、期待した。

 

[E:rain]

しかし、民主主義国家の新しいグループは、「島」に基地は造らないという発言は公約ではないと言いはじめた。「島」の外に造ることは考えられないとも言い出す。占領者は、以前のグループとの約束を履行するよう求めてきた。

以前のグループのリーダーたちも、占領者との信頼関係を壊すものだ、早く決めろと喚きたてる。新しいグループのリーダーたちも、早く確定させようと占領者と話し合いをはじめた。

新しいグループのトップリーダーだけが、急ぐ必要はないとか、「島」の中なのか、それ以外の場所なのか、まだはっきり決断できる状況ではないと言っている。しかしトップリーダーが、その仕事に就かせているリーダーたちは、「島」の中しか考えていない。

占領者と民主主義国家の話し合いは、一ヶ月やそこいらで結論を得ることを確認した。民主主義国家のトップリーダーも、その話し合いの結論が重要だと認めている。

[E:typhoon]

みんな、占領者と民主主義国家の新しいグループのリーダーたちの話し合いに注目しているが、「島」の民の「SACO」そして「米軍再編」から、今日にいたるまでの変化に気づかない。

FUTENMAの危険性を言い募り焦っているのは民主主義国家の方であり、「島」の民のリーダーたち、なべても占領者の基地を抱える地域のリーダーたちは、焦って「島」の中に造る決定を出すのは間違いだと言っている。

琉球新報09.11.17
伊波洋一宜野湾市「政府は腰を落ち着けて議論すべきだ。必ずしも年内に決める必要はない。県民の思いをしっかり受け止めて、いろんな道を探ってほしい」
宮城篤実嘉手納町「急がなければならないと言うが、急いでいるのは宜野湾市長でもなく、市民でもなく、むしろ国の方でしょう。年内決着なんてとてもできない」

「島」では占領者の基地があるゆえに、政治的には保守/革新という壁が大きくあり、「SACO」そして「米軍再編」も保守が賛成、革新が反対という図式で推移してきた。そのような図式で地域の首長を決める選挙などが戦われるなかで、どんな結果が出ようと住民たちは「島」民大多数の民意を背景に新基地建設に「反対」を貫いてきた。

その10年余の戦いの末に、保守/革新の壁が瓦解する兆しがみえはじめている。

「島」では県内移設反対の県民集会が開催された。そのなかで、極東最大の占領者の空軍基地が居座る地域の保守系首長が発言した。

 

『基地があって経済が潤うより、基地がなくなって本来の自治を取り戻したい』
               ―宮城篤実嘉手納町

 

老朽化したFUTENMAを、民主主義国家の金でリニューアルしたい占領者は焦る。
占領者を「島」に押し込め続けたい民主主義国家は逆切れする。
占領状態がずっと続く「島」は、「自治」を求め胎動している。

 

FUTENMAは占領者が「島」民から土地を奪い造った危険な基地であり、この国の根幹に突き刺さったトゲである。

 

FUTENMAをめぐる「SACO」そして「米軍再編」という流れの中で「島」が到達した地点は、「自治を取り戻したい」である。「島ぐるみ」闘争の精神的な胎盤はつかみ出された。

FUTENMAの行方はまだみえない。

[E:end]

【追記】11.20.01:45

FUTENMAは海兵隊の基地。日本国政府は海兵隊を差別しているから、沖縄に押し込める政策しかとれないのではないか。米国は、海兵隊の政治力が鬱陶しいから、沖縄をあてがっているのではないか。日米合作で海兵隊に捧げた島が、OKINAWA。

県道104号線越えの実弾射撃訓練の分散移転だけで、日本【本土】では、自治体の首長の要請を受けて海兵隊員の外出に防衛施設局職員の介護(ちがうな)/尾行(犯罪者予備軍らしい^^)./警護(誰を守ってるんだ^^)/監視(これが適切な表現だろうな)付だった。どんだけケダモノなのか海兵隊員は。

思えば、沖縄での95年の少女レイプも海兵隊員だった。

日本国政府がFUTENMAを沖縄に押し込めておきたいのは、政権交代してなおそれしか考え切れないのは、海兵隊に対する蔑視・差別でしかない。米国政府もそれを知ってて、ゴリ押ししている。

米国の交渉担当者は、98年にはFUTENMAの移転先は沖縄以外でも可能だと明言していた。それなのに、交渉の結果は沖縄しか出てこない。それらはこの10年の経緯で明らか。日米合作で海兵隊に捧げられた島がOKINAWAである。しかし、海兵隊と心中してKADENAやOKINAWAを捨て去る覚悟は日米双方にあるとは思えない。

哀れ日米両政府から厄介者として扱われる米海兵隊、哀れ米海兵隊に捧げられたOKINAWA。

海兵隊もチンケな政治力で虚栄を張る哀れな捨石部隊。こんだけ日米両政府に忌み嫌われながら、OKINAWAに居座り続けることしか選択できない。

OKINAWAは哀れか。哀れだろう。しかし、「自治を取り戻したい」という地点を見つめ考えることをはじめた。どう考えても、現状の日米両政府および海兵隊より、プライドをつかみはじめている。

そんなことを、友人と酒飲み雑談しながら考えた。

近日中に、情報を整理してエントリをあげる。