宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

オバマ対鳩山・2009沖縄をめぐる闘い/ガヴァン・マコーマック

11日のエントリで【追記】してお知らせしていた琉球新報(2009年11月11日朝刊21面)掲載のガヴァン・マコーマック氏の原稿です。新報のウェブ版にはないので、紙面からテキスト化したデータをここに置きます。プロフィールも新報掲載のものです。

GavanGAVAN McCORMACK 1937年オーストラリア生まれ。オーストラリア国立大学名誉教授。東アジア近現代史、主に日本近現代史。「ジャパン・フォーカス」代表編集者。同活動で2008年に琉球新報が創設した池宮城秀意記念賞受賞。著書に『空虚な楽園 戦後日本の再検討』(みすず書房)、『属国 米国の抱擁とアジアでの孤立』(凱風社)など。

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「不平等」に固執する米

    問題の核心はグアム協定

8月末の総選挙で、鳩山由紀夫を首班とする新内閣が発足した。鳩山氏と民主党に票が集まったのは、1年前の米国選挙で起こったように、選挙民が政治に変化を求めた結果である。しかし、驚くなかれ、変化をスローガンに当選したオバマ新政権は、こと日米関係に関しては一貫して、どのような変化も起こらないように日本側に強い圧力をかけ続けてきた。

植民地主義そのもの

問題の核心には、沖縄の米軍とグアム協定上の約束を守れと米国が固執していることがある。2009年2月、グアムで同意に達した事項は5月の特別立法で協定として採択されたが、それによれば8千人の米海兵隊は沖縄からグアムに移動し、普天間は日本が名護市辺野古に建設する新基地に移転することになっていた。またグアムに移設の費用として日本政府は60・9億ドルを負担することになっている。
グアム協定は、大統領当選直後、非常に人気が高かったオバマ新政権の最初に手がけた仕事であり、瀕死(ひんし)の麻生政権の最後の仕事であった。経済大国ナンバーワンとナンバーツーの関係が例外的にはっきりと浮き彫りにされた交渉でもあった。なによりも協定は不平等であり違憲、違法であり、不必要、また植民地主義的でありごまかしであることが注目される。
正確には不明な、何千かの兵隊を沖縄から引き上げると米国はあいまいな約束をし、また同意事項の第8項で同意を随時変更できる権利を有するとも宣言する。感激した日本政府は新基地建設やもうひとつの海外の米軍基地建設まで負担すると約束する。これは対等な関係だろうか。
また違憲という点では、憲法95条はひとつの公共団体にのみ適用される特別法は、住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会はこれを制定できないとするが、グアム協定はこれを無視している。国会で沖縄の意思は一顧だにされなかった。麻生政権は、さらに国会を通過させるため、参議院で否決されても衆議院で出席議員の3分の2以上の多数で再び可決したときには法律となるという、もう50年以上も使われなかった憲法上の特別措置を引き出してきて、強行可決させたのであった。
協定を国内法の上位においたため、環境保護法は事実上格下げされ、環境保護法の下での規制措置を無力化してしまった。まじめな、国際的にも信頼された環境アセスメント組織であったら、サンゴや森林など微妙な生態系を抱える大浦湾周辺に巨大な軍事基地建設計画は不適切だと結論づけるにちがいない。これまでも日本の環境アセスメント委員会は形だけだと見なされてきたが、協定はさらに一層評判を傷つけることになる。
協定は本当に必要だったのか。協定は、ちっとも進展しない05年と06年の同意事項の主要部分を繰り返したにすぎない。麻生政権の後を継ぐ政権がどうであれ、協定は将来の日本政府の手を縛ることを意図したものであった。
また基本的に、同意あるいは協定は植民地主義のそれであり、『原住民』(沖縄人)は導かれ、搾取されるべき存在で、対等に話し合うはずもないという表明だった。グアム協定には、上から押し付ける、干渉主義、反民主主義的、日本の自立した外交政策は許さないというブッシュの対日政策を踏襲するオバマ政権の姿勢が表れている。
決定的なのは協定が人をだます策略やうそを、原則と相互関係というレトリックで包み込んだ「ごまかし」だったことである。日本への特別譲歩であるかのように報道されたものの、老朽化し、不便で危険な普天間基地の代わりに最新装備を誇る拡大された新基地を辺野古に建設させ、日米軍事同盟の日本の負担額を増加させる目論見であった。海兵隊8千人の引き上げというのも国会での答弁からうそだったことが判明した。実際には3千人以下になる可能性が大きい。

最後通牒

崩壊寸前の麻生政権と取り決めを交わし、次期政権の手を縛る交渉を進める一方、米国は、沖縄に新基地は建設しない、普天間は返還されるべきという野党の民主党の姿勢を十分理解していた。
米国側からすれば、普天間返還、県外移設といった鳩山代表民主党の選挙公約を、彼らが当選後真剣に考えたり、ましてや現実に取り組んだりするなどということはあってはならないことだった。またグアム協定を変更する努力などまさに「反米」行為だという米国政府の「憂慮」、「警告」、「友好的アドバイス」の声はどんどん大きくなり、10月にゲーツ国防長官の訪日となった。ゲーツ長官はグアム協定は、実行されるべきという最後通牒を突きつけた。
ゲーツ長官の脅かしの効果はてきめんであった。北沢防衛相はたぶん結局のところ、辺野古に建設する以外に選択はないことを示唆した。岡田外相もぐらつきだした。当選後まもなく岡田外相は「日本が米国の言うことにしたがって動くのであれば独立国としては惨めだ」といい、「沖縄の人々の意思、日本国民の意思は選挙ではっきりと表明された。米国のいうことをそのまま受け入れるわけにはいかない」と述べた。しかしゲーツの宣言の後では、辺野古案支持は否定したが、嘉手納基地に普天間の機能を統合させることを提案し、結局、県内移設しかないという考えを示した。
琉球新報社説は、ゲーツ長官やマレン統合参謀本部議長の「恫喝(どうかつ)外交」に反撃できない鳩山政権の無力を慨嘆し、米国追随の現状維持に逆行することを非難した。

消える期待感

沖縄が日本に復帰してから40年近くなる。しかし米軍基地はいまだに沖縄本島の面積の5分の1を占める。米海兵隊の航空基地である普天間飛行場がおかれた宜野湾市ほど基地に苦しめられてきたところもそう多くはない。1996年に普天間返還が発表されたが代替基地があれば、また新基地は沖縄県内に建設されるという条件付き返還であった。13年経った今事態は変わっていない。
沖縄県内の意見はますます基地の県内移設反対で固まっている。琉球新報毎日新聞の世論調査によれば、県民の7割が県内移設に反対し、グアム協定で同意された辺野古案を支持したのは5%だけであった。8月の総選挙で新基地建設を絶対阻止すると公約した民主党の候補者は米国追従路線の従来の政権代表に圧勝した。地元の新聞は二つとも、また県議会議員の大多数も、県内の市町村長の8割は普天間の代替基地は県外か海外かに建設されるべきとして県内移設に反対している。
1945年以来、米日がこのように激しく対立したことはなかった。米国政府の日本集中攻撃の爆発音がまだ散発的に聞こえ、オバマの訪日が聞近に迫っている中で、鳩山首相は選択に苦慮する。米国の要求を拒否すれば、大変な外交危機に陥るにちがいない。要求をのめば、国内政治上危機は避けられず、沖縄を絶望させることになる。鳩山首相には満足できる選択の可能性は残されていない。
ほんの数カ月前、鳩山政権当選で生まれた楽観主義的、明るい期待感がゆっくりと消えつつある。鳩山首相が名護の市長選のあとまで決断を遅らせるのなら、10年1月24日に予定されている名護市の選挙は、結果次第では世界史に残る重要性を持つことになる。

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