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宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

鵺の歌声―名護市の移設受け入れ撤回→全面否定について

コメント欄で書いた事柄を、少し整形してこちらに再掲。

日曜日に読売が名護市幹部からの取材をもとにした記事を掲載した。曰く、『普天間移設受け入れ、名護市が撤回を検討』で、2日に開かれる同市幹部会で意見を集約するである。

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20091101-OYT1T00092.htm

翌月曜日(つまり昨日)、琉球新報名護市長が読売記事を全面否定する記事が掲載された。名護市長曰く、「会議で話し合ったことも、集まったこともない」である。

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-152227-storytopic-3.html

読売の記事では、市幹部が「これ以上、振り回されたくない」と発言しているが、新報の記事では名護市長が「市民をもてあそんでいるのではないか」と発言している。市幹部は振り回されているのは自分たちだと認識しているが、名護市長はもてあそばれているのが自分だとは認識していない。

「続きを読む」以降に、この記事へのコメントを書いておく。文体が途中でころころ変わるが、気にしないでください。[E:coldsweats01]

 

[E:pencil]

いくつかのことが考えられる。名護市の内部の事情[E:house]と、名護市から外部(政府)への意思表示[E:atm]。その二つについて、思いつくことを書いておこう。

[E:house]
おそらく現職市長(たち)は、名護市長選挙に相当の危機感を持っている。現職の名護市内での評判の悪さは、保守系の方ですらが「恥ずかしいからテレビや新聞には出てくれるな」というほどである。自公政権が終焉し政権交代がなされた現在、現職市長(たち)は国政における政権交代の大波をもろに被り、ジリ貧である。稲嶺陣営は、共産党さんが独自候補を擁立したとはいえ、政権与党の推薦を受け、この大波に乗るサーファーのごとくである。
このままでは、戦えないと判断した現職陣営が、基地建設問題という選挙における争点を無効化するために、政府に対して「受け入れ撤回」を表明することは考えられる。
ただし、現職市長にそこまでの狡知があるとは思えない。名護市には数名の市長がいると揶揄されるが、そのなかのどなたかが絵を描き、名護市幹部が動いているということは考えられる。
新報の報道にあるように、現職市長がその動きをまったく知らなかったのだとしたら、名護市にいる数名の市長たちから、彼が切られているということがありうるのかもしれない。
これは世に言う、「陰謀論」などではなく、私が十年近く関わり肌身で知っている名護市という田舎町における現実政治でしかない。読売の記事で三度も「基地受け入れ」の市長が当選しと市幹部は語るが、現職市長が政府案に反対し当選した事実は忘れられている。彼が受け入れたV字型滑走路をもつ現計画は選挙の洗礼を受けていない。
現市政が受け入れ撤回を表明したからといって、基地問題が選挙の争点から消えるかといえば、有権者もそれほど馬鹿でもなかろうから消えることはないが、水位が下がることは下がるだろう。
ともあれ、新報の記事で全面否定したのだから、名護市長はおいそれとその策に走れなくなった。

[E:atm]
連立政権は、基地問題と振興問題をリンクさせないと明言しているし、名護市が市の行財政運営に「基地受け入れ」というカードが使えなくなるのではないかと困惑・混乱しているのは火をみるより明らかです。
振興策がらみの諸々の事業、再編交付金をあてにしていた事業、防衛局がらみの事業、すべてが自己負担がないか限りなく少ない自己負担で行ってきた公共建設事業です。それらの先行きがみえないということは、相当な不安であることは容易に想像できます。
そういうなかで、名護市幹部と、沖縄防衛局の職員や従来通り計画を進めなければならないと考える少なくない政府官僚や政治家が相談し、連立政権を現地から突き上げようと画策していても驚くには値しません。
それほどまでには、この10年余におよぶ「振興策漬け」で名護市の自治/市政の根幹は腐食しています。(その端緒を切り開いたのは前市長市政からですが、現市長はひどすぎる、せめて前市長ぐらいには戻ろうというのが、稲嶺候補だと思います。政権交代の荒波が稲嶺氏に利する方向で動いているのが現状のようです。)
建前としては、米軍基地の整理縮小、そのための普天間移設受け入れでした。その建前を振りかざして、政府に迫るのが、名護市にとって残された最後の交渉カードであり、振興策をつなげていく蜘蛛の糸なのです。読売新聞の記事からは、そのレトリックがよく読みとれます。
名護市長が翌日の新報で全面否定したのは、絵を描いた人物たちにとって想定内なのか想定外なのかは私にはわかりません。

[E:eyeglass]

以上が、この二つの記事を読んで考えたこと。

もう、沖縄、名護市を、いわんや普天間を抱える宜野湾市を、このような事柄から解放するべきだと思う。沖縄の現実も一枚岩では当然なく、名護市長選に立候補し国政与党が推薦するだろう稲嶺氏も、「辺野古移設反対」を明言できずに「見直し」しかいえないのが現実です。このような政治的態度が火の粉を残すというのも事実ですが、現実と理想の狭間で揺れ動いているのが沖縄の姿であるのも事実です。沖縄の基地問題は、沖縄に深く深く埋め込まれた先の大戦の不発弾みたいなもので、それらをすべて処理するには途方もない時間がかかるでしょう。そのプロセスで、新たな爆弾を埋め込む愚行だけは断じて拒否せざる得ません。「反対」などという言葉を吐かないで生きていける方々だって、それは否定できません。であるから(基地建設を受け入れ推進している政治家や経済人だって)「ベストは県外移設(だが)」と言うのです。それが沖縄のコモンセンスです。10年余も頑固な反対派だけで政府の施策に抵抗できるものではありません。そのコモンセンスがあるから反対の意思と行動が持続し広がり続けているのです。

私は、名護市長選挙において「国外移設」を主張するのは「?」とここに書きましたが、日本国政府は「県外移設」を模索して、どこにも造れないのであれば「国外移設」をすればいい。それができないからといって「県内移設」のみを現実的施策とするのは、沖縄に対する差別でしかない。その差別を自己認識もしていない差別者(国民マジョリティ)を慮り、「国外移設」を主張する気に私はなれないし、沖縄からする具体的政治的主張として正しいとも思えない。国内のどこにも移設させないという国民的大衆運動やコンセンサス、コモンセンスがあるとは到底思えない現実の現状の中で、沖縄がなぜ普天間を押し付けられたまま抱えたまま「国外移設」の運動をしなければならないのか、私にはナンセンスとしか思えない。「国外移設」の主張を否定し忌み嫌う気もないが、私の現在の偽らざる心情です。

【追記】
私のひねくれた心情とは真逆に、「国外移設」を今こそ掲げるべきだというまっとうな主張を前回紹介した大西さんがブログで行なっているので紹介します。

名護市長選挙-分裂選挙ではない、人間倫理の世界まで
宝の海/2009-11-03

大西さんのテキストはミスタッチが多く、多少読みづらいかも知れないけど、ぜひお読みください。名護市という地方公共団体首長選挙で権力をとることはむずかしいかも知れないが、この精神を私は非現実的で「基地反対」運動に対する分裂行動だと忌み嫌うことなどできない。
【追記ここまで】


1月の名護市長選挙に向けては、これから様々な動きがあるのでしょう。すべてをフォローしようなどとは思っていませんが、特筆すべき事柄はここでも書いていきます。はてなのブックマークで「2010名護市長選挙」というタグをつくっています。気になった関連ニュースやブログ/サイトはこのタグをつけてブクマしておくので、興味のある方はご覧ください。

http://b.hatena.ne.jp/nagonagu/2010名護市長選挙

[E:typhoon]

岡田外相が嘉手納統合にこだわっているのは、沖縄衆院一区選出の下地代議士(国新)の影響なのだろう。「県外移設」で沖縄が一枚岩というのは、すでに幻想でしかない。
嘉手納でできないことを「納得」したら外相はやっぱり辺野古と認識し、外相と防相が一致したら首相が最終的に決断する。鳩山首相が「県外移設」を県民世論だと強く言い続けているので、最終決着の地点が見えにくいが、民主党がこの問題についてタクティクスも武器も持たず政権についたことが曝け出されてる現状では、なにひとつ楽観できない。

おそろしく視界が悪いなかで、先行きは不透明である。

[E:end]