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宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

衆院選は8月30日

「21日にも衆院解散、投開票は8月30日」で決まったらしい。

刺客がどうのこうのと大騒ぎした「小泉劇場」で、結果、国民が衆院の三分の二という議席を自公に与えた選挙から、ほぼ任期満了(9月10日)での選挙である。その間、国民に信を問うことなく首相をコロコロ替え、自公政権強行採決で法令や条約などを可決し続けてきた。異常な事態に終止符が打たれる。

選挙は(投票箱の)フタを開けてみるまでわからないが、自民党が第一党から転落し「政権交代」が実現するのは、まずまちがいないだろう。その後の政権の組み合わせはどのようになるかは、選挙結果次第で揺れ動くだろうが、民主党が中心となる連立政権の可能性が高そうだ。

民主党は、名護市への新基地建設問題についてどう考え、発言してきたのかおさらいしておく。

民主党の前代表で現代表代行・小沢一郎氏は、「政権交代」が実現すれば新基地建設を見直すことを明言してきた。

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政権取れば普天間見直す=民主党の小沢氏
(時事通2009/04/14-20:07)

民主党小沢一郎代表は14日の記者会見で、米軍普天間飛行場沖縄県宜野湾市)のキャンプ・シュワブ沿岸部(同県名護市)への移設計画について「きれいなさんごの海、ジュゴンの最北の生息地の湾に、何が何でも飛行場を造らなければならないかは疑問だ」と述べ、政権交代を実現すれば計画の見直しを米側に求める考えを示した。

[E:clip]
現行案見直し 小沢氏再表明/普天間代替施設
民主 政権交代実現で
沖縄タイムス2009.0524)

民主党小沢一郎代表代行は23日、米軍普天間飛行場の代替施設建設について「あそこ(名護市辺野古)の海を埋め立ててヘリ基地をつくる必要はない。もっ と有効で県民に理解される方法はある」と述べ、次期衆院選で、民主党中心の政権交代が実現した場合、名護市辺野古沿岸部にV字形滑走路を建設する現行の政 府案を見直す意向をあらためて示した。南城市で記者団に答えた。

現在の民主党代表・鳩山氏も同様の見解を示している。

[E:clip]
民主党代表に鳩山氏 普天間対応焦点に
琉球新報2009年5月17日)

鳩山氏は就任会見で「普天間は県外移設」と明言し、日米両政府が合意した米軍再編計画に対する問題意識を示した。

民主党は、安全保障に関しては党内に多様な意見があり右から左まで幅が大きくある印象が拭えないが、元代表で現副代表・前原氏は次のように発言している。

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普天間移設案は「白紙」に=民主・前原氏インタビュー

時事通信2009/01/20-20:12)

 -米軍普天間飛行場沖縄県宜野湾市)移設については、現在の政府案を見直す考えか。
 キャンプ・シュワブ沿岸部(同県名護市)への移転はそもそも無理だ。既存施設への統合を前提に、代替施設なき普天間返還を図るべきだ。民主党政権ができたら、堂々と米国と交渉しなければいけない。(移設案は)白紙に戻すべきだ。(在沖縄米海兵隊の)グアム移転など他の再編案はある程度維持を前提にしなければならない。
 -白紙に戻すと、日米関係に影響はないか。
 政権交代とはそういうものだ。われわれも日米同盟関係は重要だと思っている。米国としっかり話をすることが大事だ。ただ、党として譲れない一線は持たなければいけない。

具体的な方法論、普天間の移設なのか閉鎖なのか、日米協議という大きなハードルがあり、予断を許さない状況になるのは必至だが、1996年のSACO合意にはじまり、10年余も続いた新基地建設問題による沖縄への軋轢が、「政権交代」により大きく変化する。

1945年の敗戦以来、「敗北を抱きしめて」つくられた戦後政治体制が、変わろうとしている。民主党自民党と同じようなものだろうと言うなかれ、なにはともあれ自民党でないことは事実なのだから。80年代の国労の解体以降、革新勢力が凋落し、保守分裂で政界が再編され今日に至るまでの間、曲がりなりにも55年体制時の政敵であった社会党をも飲み込み自民党は権力を維持し続けた。その自民党を下野させる最大の機会が招来されている。

総選挙の日程がみえてきた現在、民主党は、可能な限り速やかに政権を担うにあたっての綱領を国民に示すべきである。

沖縄からみれば、1972年の本土復帰で「本土並み」「基地なき沖縄」を希求して裏切られてきた歴史に、変化がおとずれる。

もとより国家安全保障の問題は、徹頭徹尾リアリズムであり、民衆の理想がすぐさま反映されることはない。

1945年以来、沖縄を踏みつけ続けている足(普天間)をどかす替わりに、別の場所(辺野古)を踏ませろという日米政府の1996年の合意に、沖縄は様々な立場からこの十年余の間、可能な限り抵抗してきた。

強固に反対を堅持する立場の人々はもとより、現実の行政の中でも、政府に対して「条件」を提示し、ハードな交渉を重ね続けてきた。

しかし、この交渉も、「米軍再編」で計画及び計画を実行していく制度・環境が大幅変更されてからは、手足をもがれて、唯々諾々と振興策という金を受け取り、滑走路の沖合い移動・埋め立て拡大などという誰からも支持されない要求をするだけに堕してしまった。

民衆の願いは、政治の貧困の中で、矮小化され毀損され続けている。

政権交代」を、そのような状況を変えていく沖縄側からの行為の足がかりとしなければならない。

努々忘れるなかれ、国家は国家でしかない。