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宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

名護市長選挙について(メモ)

一月ほど前に、マスコミの方から名護市の市長選挙について問われ、やりとりした際につくったメモを、こちらにも置いておきます。

沖縄は一昨日ぐらいから、夏の様相。もうじき梅雨明けが宣されるでしょう。

遅々としてなかなか進めきれない『壁』をよじのぼっていて、なんだかたいへんです。ブログの更新もままなりませんが、新基地建設に関する状況に大きな動きのあったときにはお知らせします。現在はアセス準備書への意見の概要が沖縄防衛局から沖縄県へ送付され、沖縄県の環境審議会が準備書への意見を答申するため審議中です。

環境影響評価という制度の根幹が、事業者(政府)により踏みにじられズタズタにされている。それに懸命に付き合い、まっとうな言論をなそうと努力している人々がいる。県の環境審議会の努力が期待されています。

国政選挙結果如何では、状況はドラスティックに変わりえますが、それとて手放しで期待できるものではありません。

大きな問題と、地域における「自治」の問題と、それぞれをしっかり見据えて、浮き足立たずに、しっかりと「逆ねじ」を食らわしていきたい。

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名護市長選挙について(メモ)

 

■沿革

名護市はSACO合意(1996)による在沖米海兵隊普天間飛行場返還に伴う代替施設の建設予定地とされ、市政は翻弄され続けてきた。市民投票(1997)の反対多数の結果、および「条件付」での賛成も少なくないという結果にみられるように、名護市民の大多数は基地建設には反対であることは否めない。これまでの三度の市長選挙(199820022006)では、名護市を建設予定地としている日本政府に対して、名護市としてどのように対応していくかで判断が大きく分かれ、政府案に対して条件を付す形での市政運営が選択されてきた。

 

■状況

現市長(2006.1当選)は、病気により勇退を決意(その後、死去)した前市長の後継であったが、沖縄側からの条件を受けた「軍民共用空港案」を廃棄し日米両政府により新たに合意された沿岸案に対して二本の滑走路をV字型に交差させた修正案で政府と基本合意(2006.4)を行なった。

その合意に対する名護市有権者の判断は示されておらず、来年の市長選挙(2010.1)はその判断が示される選挙になる。

 

■市政運営の現状(一断面の考察)

基地建設に伴うかたちで施される「振興策」は、ハコモノや様々な普通建設事業をメインになされてきているが、それが名護市の地域経済の活性化やまちづくりとして著しい効果を表しているとは言い難く、逆に行財政的には膨れ上がる一般会計が財政状況を圧迫していくという負のスパイラル現象が起こっている。

もとより、財政的に潤沢ではない地方自治体の行政運営で、有利な条件での「振興策」を単純に退けることは現実的ではなく、可能な限り市政発展のために活用していくのは当然である。その「当然」が、市政発展に繋がらず、逆に財政を圧迫しているのは皮肉であるが、早急に事態を検証し、本来あるべき姿を取り戻すことは喫緊の課題であると思われる。

島田懇談会事業等を端緒に1996年よりはじまった、いわゆる「振興策」は、地域の側が主体的に立案実行していく自律的計画行政ではなく、他律的に施されてきたものであることは否めなく、そのことの歪が様々な形で起きているといえる。

市政側は、基地建設による経済活性化に焦点を絞ってきており、そのための仕組みづくりをはじめている(市内の土木建設関係業者による組織づくり)。

 

■市長選挙(2010年)に関する状況

現職と予定候補として、名護市職員として総務部長を務め、収入役、教育長を歴任してきた稲嶺進氏がいる。現職の市政運営等に関する評価は、私が思っている以上に名護市内での評判が悪く、その反動として稲嶺氏への期待がある程度高まっている状況のようである。

基地問題については、現職はいまのスタンスを崩すわけにはいかず、しかし自身のV字型滑走路での合意が選挙の洗礼を受けていないなどの争点を明確にするわけにもいかず、争点をずらすべく例によって尽力するだろう。稲嶺氏の立場は、まだ明確に打ち出されていないが、現職との違いは具体的にはなさそう。あっても軽微なものにとどまるだろう。

各陣営とも国政選挙がらみで、支持系統が錯綜しているようだが、保守分裂という図式であることは否めない。一部には故岸本建男市長の後継争いのように見る向きもあるようだが、岸本氏が稲嶺県知事と共に政府と交渉していた当時とは、明確に政治環境は異なっている。沖合い移動を「条件」の如く誇示しても、名護市は建設そのものを「撤回」する回路は有しておらず、まな板の上の鯉でしかない。後継争いは、岸本建男神話のようなものを捏造し利用する愚の骨頂である。

革新系/新基地建設に反対する陣営からの立候補の動きは外部からは杳として知れない。

 

■基地建設問題

基地建設を受け入れるか否かというのは、とても政治的な課題であり選択である。そのことに対して有権者の判断を求めることは民主主義社会においては当然のことである。だがしかし、残念ながら、その選択に向けた動きはみえていない。

一自治体の首長選挙で、そのような大問題が三度問われてきたが、名護市における基地建設に反対する有権者および陣営は、疲弊しきっているのだろう。その疲弊の状況を検証することで、沖縄における「自治」のたいせつな問題がみえてくる。

 

 

※個人的には、新基地建設に反対する立場からの立候補者の出現を期待し、可能な限りの応援をしたいと思っているが、すでに外部の人間になってしまっている私は無責任な煽りは慎みたいと思います。いまでも、徹頭徹尾、名護市民を信頼している。

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