宮城康博blog

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新基地建設の環境アセス「準備書」

Img49d42799a9c76_2 でたらめな環境アセスの「準備書」は公告縦覧されている。(5月1日まで)

琉球新報の社説が、この問題に関する沖縄側の良識ある意見としてよくまとめられている。ぜひご一読を。

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普天間代替アセス 県内移設の無理が分かった/環境保全の担保示せず
琉球新報社説2009年4月3日(魚拓)

…国や県は不要な基地建設のために貴重な自然を破壊することなく、辺野古海域を含めた東海岸地区の自然の価値と発展可能性を再評価し、地域の資源をいかに保全するかの方策をこそ考えるべきだ。

準備書は膨大なページ数(3冊分で約5400ページ)らしいが、今月半ばごろにはウェブ上でも読めるように、防衛局のホームページにアップされるらしいということを、どこかで小耳に挟んだ。それらがアップされれば、またお知らせします。下記は新聞社が項目別にまとめた「要旨」へのリンクです。

[E:clip]

アセスに関しては、沖縄大学の土田さんが熱心に情報発信している。
こちらもぜひ参照してください。

ジュゴンネットワーク沖縄(暫定ブログ)

日本国の環境影響評価法に基づく環境アセスには事業を止める権力はない。

そのことを拙著『沖縄ラプソディ』に書いたら、なぜかわからないがいわゆる反対派の人にお叱りを受けたことがある。[E:coldsweats02]

事実は事実である。事実に目を閉ざし、自論のみ主張して状況を変えることができなければしょうがないし、それらの自己満足はガス抜きの効果をもたらし、結局は体制を補完することにつながりかねない。

不十分な法制度とはいえ、これを使って、行なわれようとしている事業の酷さと反対している人々の主張の裏付けを示すことができる。それをもって、世論を喚起し、事業そのものを行なわせないような働きかけを強めることもできる。私は、環境アセス事業を止める権力がないから無駄だなどと一言も書いたことはないし、発言したことも、思ったことすらない。

我々が忘れてならないのは、かかる環境アセスの手続きに基づく調査を進行させながら、事業に関わる工事が同時進行しているのは、アセス法違反であり、法解釈で事業者である政府がどんなに言い逃れようと、立法の主旨や道理を踏みにじっているのは否めない。

おそらく、「準備書」には膨大な量の適当なことが書き連ねられている。その量に惑わされることなく、根幹を問い、デタラメをやめさせなければならない。

書かれていることを読むことは、書かれなかったことを読むことである。

問題は環境への甚大な影響は明々白々であり、事業そのものの是非である。

おそらく合意形成の手段としての環境アセスは、ここにきて捩れに捩れて、その存立根拠が問われている。

最初に事業遂行の意思決定ありきでは、どう転んでも環境アセスはアリバイにしかならないし透明性もへったくれもあったものではない。それの見本みたいなものが、今般の環境アセスである、その規模と行為のデタラメさは、歴史に残るだろう。

逆の意味では、これらのデタラメさを、「準備書」への対応で明らかにし、事業者の行為にプレッシャーをかけ続け、様々な政治的行政的社会的働きかけで、事業を断念させることができれば、合意形成のための手段としての環境アセスの本性がはっきりし、それらを適切に社会的に使うための法制度の改良に寄与するだろう。

いずれにしても、はじまりははじまっている。

※冒頭に掲げた新聞社が作成したスケジュールの画像では、5月15日まで「住民意見期限」となっているが、住民のみが意見を出せるのではない。「環境に関する知見や意見を有する者」(だったかな?)なら、ナンピトたりとも意見を書面にて、事業者である那覇防衛局に出すことができる。