みやぎブログ

演劇・戯れ・政治

ささやくものたちの声

だいたいが名からしていぶかしい。

政府が名付けた略称は「在沖縄海兵隊のグアム移転に係る協定」で、マスコミ等では「グアム協定」と呼称されている。これでは、在沖米海海兵隊のグアムへの移転だけが問題の協定で、問題は日本の税金で負担されることになっている移転に係る経費だけの協定のようだ。

実際にはどうなっているか。

協定条文では前段最後のパラグラフで、在沖縄海兵隊のグアム移転は、名護市への新基地建設(普天間移設)とグアム移設への日本政府の資金提供に「かかっている」と強調され、第三条でわざわざ

移転は、ロードマップに記載された普天間飛行場の代替施設の完成に向けての日本国政府による具体的な進展にかかっている。日本国政府は、アメリカ合衆国政府との緊密な協力により、ロードマップに記載された普天間飛行場の代替施設を完成する意図を有する。

と明記している。

「グアム(移転)協定」という名は、移転を強調し沖縄の負担軽減を図る行為のように表象するが、実際には第二次世界大戦直後の混乱の中で、国際法に違反し不当に米軍が建設した「普天間飛行場」を沖縄の中に移転することを、条約上の約束事として確認している。日米両国による軍事植民地である沖縄に、さらに深く深く軍事植民地としての事実を捩じ込んでいく協定でしかない。

「グアム協定」に替わる、いい名がないか考え発明するのも重要だ。(いまは何も浮かんでこないので、モラトリアムにして先に進む)

衆院での「協定/条約」の審議を前にして、沖縄の新聞紙上では、様々な識者の異論反論の声を掲載しだしている。

[E:clip]
グアム協定、沖合移動修正で相違 「パッケージ」に異論多く
琉球新報2009年3月22日(魚拓)

パッケージというのは、名護市への新基地建設(普天間移設)もグアム移転(嘉手納以南の基地返還)もパッケージであり、どれが欠けても成立せず、沖縄の基地を固定化するぞという日米両政府の脅しである。

下地幹郎という沖縄衆院一区選出の国会議員がいるが、下地氏は自身のホームページで、この条約が日米政府により結ばれたことを受けて 沖縄県には、NOのシグナルを送ることは、もうできなくなりました。”と断じている。(→ミキオの小声No.236 2009年2月23日

それが、下地氏の政治的リアリズムらしい。確かに衆院の三分の二を政府与党が持っていて、さらに“722名居る衆参両院の国会議員の中で、沖縄県選出の議員は11人”しかおらず、状況を冷静に考えれば、この「協定/条約」が成立するとしか思えない。憲法98条2項(日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。)がある限り、国内法を越えて条約は国家行為を縛り、沖縄の“NOのシグナル”が状況を覆すのは不可能と思われるほど厳しい。

イデオロギーで下地氏のリアリズムを一蹴しても、現実を変革することは簡単ではない。沖縄は、たいへんな岐路に立っている。

途方もない大きな壁。底が見えないクレバス。温暖化で波間に沈み逝く小さな島。地震による液状化で溶ける大地。

この状況を冷徹に認め受容し、せめてその先によい状況を招聘するために、自身の限りあるリソースを使うべきだと声が聞こえる。

しかし、しかし、しかし。私は声に対してかぶりを振る。

出口を探し続ける。出口は確かにある。先ほどの声が消えた暗闇の中で、ささやくものたちの声が、その出口の存在を教える。

日本国の行為を憲法が縛り、条約の履行を求めるというなら、日本国に条約を見直させるよう憲法を活かし尽くす。(個人的には憲法9条なるものは一度たりとも沖縄に適用されたことはないと思ってる)

したたかに、足元を掘る。憲法92条「地方自治の本旨」を研ぎ澄まし、主権者に襲い掛かる国家への抵抗を戦い抜く。

下地氏のリアリズムには陥没がある。米国は議会の議決を経ない行政協定として条約を結ぶ。日本国だけが議会の議決を経て通常協定として、憲法の頚木ある条約とする。非対称であり不均衡であり、これは日本国政府(日米両国)の歪な政治の結果である。歪な政治が改まらないなら、なんのために人は意見を持ち発言し政治的活動をするというのだろう。我々はドレイではない。

現在の構造を脱構築すること。

沖縄県には、NOのシグナルを送ることは、もうできなくなりました。”という政治的リアリズムは、どんなに知的ポーズや冷静な現実認識の装いを凝らしても、「長いものに巻かれろ」式の現状追認リアリズムでしかない。返す刀で、声高に偏ったイデオロギーを叫ぶのではなく、人々と共に変革を成すための言葉を。

当分は、真夜中に起きて、ささやくものたちの声を聴き続ける。

でたらめな環境アセスの調査終了を宣言したらしい。準備書が出る。コテンパンになるだろう。たくさんの声の中から、明日へつながる声が必ず出てくる。

[E:clip]
アセス準備書に移設反対の声を 県提出向け学習会
琉球新報2009年3月22日

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[E:sweat01]
「協定/条約」に関して、少しまとまったレポートを書こうと、調べものをしたり、あぁでもないこうでもないと苦闘しています。

民主党さんが今般の「協定/条約」に反対を明確にし、政権をとったら沖縄に関する日米の密約はすべて明らかにするなどを宣言しており、状況は悪いことだけではありません。しかし、国家及び大文字の政治に過度の期待をするのではなく、自分たちの手と足と頭と声で、状況を切り拓いていかなければ、根本問題は何一つ解決しない。しかも、このような大きな問題の根本が解決するなど夢想だにできない。さらに、しかし。だからといってあきらめてすべてを放り投げ、知らんふりして生きて死ぬことはできない。

ただただ、公の場と制度を使い自分たちで決めたことを実現させたいだけ。それを放棄して、ドレイとして生きることはできない。

なかなかどうして、沖縄で生きるということはしんどい。