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宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

戦争機械、大きく軋み動く。vol2

以前は自他共に認める新聞読みだったのに、最近は新聞も読まない日が多い。「そんなものには何も書かれちゃいない」と、ブレヒトの『都会のジャングル』で誰かが喋っていたような気がするが私の妄想である可能性が高い。

先週末は、外相が沖縄に来て、いろいろあったらしい。本日の沖縄の地元紙の報道やネットでそのことを知る。[E:coldsweats01]

[E:clip]

中曽根外相:在沖海兵隊グアム移転、「日米で協定」沖縄側に説明
毎日新聞 2009年2月2日 東京朝刊(魚拓)

普天間代替施設 中曽根外相、沖合移設に慎重姿勢
朝日新聞2009年2月1日19時57分(魚拓)

外相「基地の負担実感」知事らと面談 「普天間」進展なく
沖縄タイムス2009年2月2

知事、沖合修正を要請 外相は日米合意推進強調
琉球新報2009年2月2

参考までに、毎日新聞の記事を下記に貼り付けておく。各紙、似たような報道だ。詳細は上記のリンク先で記事をお読みください。

[E:clip]

中曽根弘文外相は1日、就任後初めて沖縄県を訪れ、在日米軍再編について仲井真弘多(なかいまひろかず)知事と会談した。米軍再編の一環で、日本が28億ドルを上限に費用を拠出する在沖米海兵隊8000人のグアム移転に関し、中曽根外相は「国際契約を結ぶ必要があり、しっかりとしたものを作りたい」と、日米間で協定を締結する方針を沖縄側に初めて説明した。

在沖米海兵隊のグアム移転は、再編に伴う普天間飛行場沖縄県宜野湾市)のキャンプ・シュワブ沿岸部(同県名護市)への移設とセットとなっている。協定の締結は、予算の適正使用や目的外使用の禁止などで米側に義務を課し、透明性を高めるのが狙い。日米間で2月上旬にも署名される見通しだ。

普天間移設に関し、仲井真知事は「地元の意向と環境に配慮する必要がある」と改めて訴えた。だが中曽根外相は会談後の会見で「政府案は最も適切な形として決定した。合理的な理由なく変更は困難だ」との見方を示した。【大谷麻由美】

朝日の記事では、県知事が「(協定の内容を)差し支えない範囲で県民にもいろいろ話して頂きたい。我々は報道で知るだけだ」と話したとあり、新報の記事では外相「しかるべき段階にきたら県ともよく話をしたい」と答えたようである。

この部分は、着目しておきたい。

「差し支えない範囲」という県知事の控えめさのなかに横たわる、同問題で生じる県民に対する被害への県民代表の無力さ。

「しかるべき段階」というのが、これまでの経緯や経験からすべてが決められて後の通達になる段階であり、「県ともよく話を」という発言に、新基地建設に反対する県民の防波堤でしかない県の存在がみえる。防波堤は、沖合移転をなどと愚かな世迷言を言い続けている…

四年に一度の選挙で、沖縄の有権者は三年前に仲井真県知事を誕生させ、島袋吉和名護市長を誕生させている。選挙の狭間の三年間は、基地に反対する人々と基地建設がクローズアップされ、民意がそのように可視化されるが、選挙では仲井真や島袋のような自公政権の丁稚のような首長が有権者によって選ばれている。何かが不可視な政治的存在となって、現実の行政の動きから見えなくなっていっている。去った県議選挙の与野党逆転で、(基地建設に反対する)民意が反映されているという見方は強引であり、あの選挙では後期高齢者制度(だっけ?)など高齢化社会沖縄県民にとって深刻な姥捨て山制度などがあり、政権に対する批判が噴出したのだということを忘れてはならない。

オバマの米国の対日シフトは、1995年に「ナイ・イニシアティヴ」を策定したジョセフ・ナイが駐日大使である。私の大嫌いな占領者意識丸出しのケビン・メアが日本部長に昇格である。

オバマのチェンジに浮かれ浮き足立つ日本人が大勢いるのを、それまでのブッシュの酷さを考えれば、わからなくはない気もするが、私はほんとうに醒めた気分で眺めていた。

名護市に、火の玉のように振り降りてきた「新基地建設」は、ますます厳しい状況を迎えることになるだろう。

[E:pencil]

日本政府が、米国政府と結ぶ「協定」について、前回からいろいろ調べ出しており、ありがたいことに、メールで情報を寄せてもらったりもしている。

少し調べて、確度の高い事柄を整理したうえで、ブログの記事を書こうと思っているのだが、そんなことをいってたら、いつまでたっても私のところで情報が留まり死んでいくので、わかった限りのことを紹介していくことに方針(というほど大袈裟なことでもないが)を変更する。

協定には「行政協定」と「通常協定」があるのは、前回、ウィキペディアの記述等も引用し紹介した通り。

グアムへの移転経費の拠出を盛り込んだ、「協定」を結べば、日本国政府の大きな経費負担(つまるところ国民の税金負担)は、条約と同じように、国内法を越えるほどの法的根拠を持つことになる。

オバマの米国は、未曾有の緊縮財政で経済の建て直しを図らなければならず、日本国はますますクライアント国家(属国)になる。それを強固にするために、今回の「協定」はある。

[E:flair]メールでの情報提供や、数人の知人との情報交換ディスカッションでわかったことは、日本国は国会での議決を必要とする「協定」だが、米国ではこの「協定」について議会の承認を経ることはなく大統領(行政)の権限で結ばれるのみだということだ。

日本国には「通常協定」として条約の重みを持って、グアム移転への経費支出がある種「義務」付けられるが、米国にとっては「行政協定」であり、場合によっては議会が無駄な支出として拠出を否決することすらありうるということ(なのか)。

これが「協定」=条約と同様の重みを持った二国間の約束事だというのだろうか。

もし実体がそうでしかないというなら、日本と米国の「協定」の扱いに対するこの非対称性は、二国間の関係を如実に表している。

[E:bearing]さらに、私が気になって仕方がないのは、一部の基地反対の活動家集団や人々はこの問題に着目しているのだろうが、マスコミは規程路線の如く通り一遍の事実報道しかしない。沖縄の地元紙ですら、民意無視が云々というレベルの話はするが、根幹を撃つようなラジカルな批判的報道を成しているとは言い難い。

対米従属がどうのこうのと大いに話題になった時期があった。親米保守だのポチだの、保守派の方々の間でもコップの中の大きな嵐の様なゴチャゴチャもあった。それらの延長線上で考えれば、この「協定」は今まさに、真性マゾの日本国が真性サドである米国の新たな緊縛の縄に自ら嬉々として縛り上げられるところである。どうして大騒ぎしないのか不思議でしかない。

不思議であると思うのは、私がこの国は真性マゾであると確信を持ててないからなんだろう。いかんいかん、まだまだ青い。しかし、私は青いまま人生を終えることになるだろうほどに、確信など持てないし、おそらくは持たない。本気になってイヤダと叫んでいる人々がいることを私は知っているし、私自身の内にその声を聴かないわけではないのだから。

いずれにしても、沖縄で生きることの憂鬱は深く、憤りの根は深い。

(この考、まだまだ続く)

[E:bleah]若干の追記

日米の二国間関係をSMに例えたりして、そのスジの愛好者の方々には失礼いたしました。
日本国はひとりの人格ではなく、私たちの多様な集まりなのですから、個人の性的趣向であるSMに例えるのは、はなはだ不適切だと思います。対米関係については、Mのような官僚がいたり、政治家がいるようですが、私の生まれ島である「沖縄」は彼ら彼女らではないのですから、彼ら彼女らが真性Mであるはずがありません。他者をそのように虐げ捧げるのはMではなく、単なる人でなしです。