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宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

慰霊の日

6月23日、沖縄は「慰霊の日」である。 私が現在住んでいるところは、激戦地であった嘉数高台のふもと。部屋の窓からみる外界は、ところどころを薄く雲が覆っているが、青空が広がり、心地よい風が吹いている。

慰霊の日だからといって、あらためて書くこともなく、これまでに書いてきた記事を紹介させてもらう。

昨年の今頃は、歴史教科諸問題で大騒ぎしていた。
裁判も起こされたが、歴史修正主義者たちの目的は裁判での勝訴ではなく、裁判を起こすことによる効果にあっただろう。文科省での審議でも、裁判が起こされていることが理由の一つにあげられていた。

それにしても、この連中の執拗さ、頑迷さは、「驚嘆」に値する。沖縄戦の死者は、特にうちなんちゅや連行・動員された朝鮮人人夫や慰安婦の方々は、何度でも辱められ遺棄され隠蔽されかねない。

沖縄戦で何が起こったのかを、記録し記憶し続けなければならない。

[E:mist]慰霊の日に思う。未来は過去からやってくる。
2007年6月22日 (金)

[E:paper]【慰霊の日】に合掌する
2007年6月23日 (土)

米軍の新しい基地建設が進められようとしている沖縄。
なにゆえに、これほど米軍基地が集中する沖縄に、新たな基地を造るのだろうか。

おそらく本土と呼ばれる、沖縄県外に住む大多数の日本国民のみなさんには、これは「沖縄の米軍基地」の問題でしかない。

日米の植民地主義や、沖縄の自発的隷属や度し難い依存体質、振興や財政など行政・政治の構造的問題、様々な側面から問題をみることができるし、また必要だろう。

なごなぐ雑記では、沖縄の位置を探るために年表作りをやってみている。
「県民斯くたたかえり」という電文に記されているような、戦前の沖縄県民の国策への積極的協力のありかたも問われなければならない。沖縄で生きる私たちの現在と未来を探るための系譜的探索。

[E:rain]沖縄戦について(前)
2008年6月12日 (木)

[E:typhoon]「沖縄戦」について(中)
2008年6月17日 (火)

天皇メッセージ」は、日本国における沖縄の位置を如実に示している。そのことはもっと着目されて然るべきだと思う。

[E:shadow]「天皇メッセージ」について
2008年6月 4日 (水)

天皇メッセージ」など、やはり「沖縄」のことであり、日本国のマジョリティである私たちには関係ないと思う人々も大勢いるだろう。そうかもしれない。逆に贖罪意識で「沖縄」に思い入れを持ち、運動の貧困を支える「先鋭」的問題として位置付け(利用す)る人々もいる。みんな、自分ごとではない、「沖縄」のことである。

憲法天皇がどう位置付けられているのか、“people”が“国民”とされていることの違和感を私は禁じえない。「沖縄」が米軍の圧制から逃れ“復帰”したはずの憲法にある、憲法9条はいまだ実現されていないし、ましてや「沖縄」には適用されていない。正しいこととして叫ばれる「護憲」がゴッコじゃないかどうなのかを、どうしても値踏みしてしまう私がいる。

nagonaguの日記に、そこいらへんのことを綴っている。

[E:eyeglass]いまはどこいらへん
2008年06月07日

慰霊の日」というメルクマールは、沖縄戦における司令官の自決の日らしい。しかし、司令官の最後の命令は、

爾今(じこん)各部隊は各局地における生存者中の上級者之を指揮し最後迄敢闘し悠久の大義に生くべし

というものである。この最終命令のおかげで、6月23日以降9月まで、敗走兵の交戦、米軍の徹底した掃討戦。民間人の犠牲の増大があったことを、なかったことにしてはならない。

歴史修正主義者たちの沖縄への攻撃は、「悠久の大義に生くべし」という最終命令の継続かもしれない。

慰霊の日」に手を合わせ、幾多の先人の死に頭を垂れながら、錯綜する様々な思いを凝視する。

[E:end]