宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

沖縄の現実におけるいくつかの潮流

週末は久しぶりに名護に戻っていた。“nagonaguの日記”に書いたが、今週は集中しなければならない仕事があるので、ブログの更新も滞りそう。そんなことを思いながらも、ブログのデザインと同時にコンテンツのありかたを少し考えようかなと思っている。はてなの日記を日々のMEMOにして、“なごなぐ雑記”を沖縄に関する情報データの記録とNOTEにしようぐらいに考えている。
そんなこんなのためのデザイン変更も今週の仕事の合間にやってしまおうかなと思っている。

■自然保護と沖縄の基地問題と開発信仰と

0412 土曜日に「大浦湾の生き物たち」の写真展をのぞいてきた。想像していた通りにいい写真展だった。
新基地建設に反対する運動には、セクトの諸君や様々なグループが参画する。「政治」である限り、当然のことであり、そのひとつをとりだしてすべてを語るのはナンセンスである。
そういうなかにあって、写真展を主催したメンバーは、海が好きで船を所有し操る地元住民のスナフキンさんと共に活動してきたダイバーなどのメンバーだ。いい意味で、政治色はいっさいない彼ら彼女ら。

日頃の活動の中で、拾った貝や写した写真などで構成されている。サンプリングされた概ねの場所がマッピングされていて、地図と写真をあわせながらみていくことで、大浦湾という場所が、ほんとうに多様な生き物の場所になっていることがわかるようになっている。

新基地建設でなくなる場所。影響を受けて環境が改変される場所。それらすべてをどのように認識し、人間として限界のある英知で壊滅的な影響緩和を図り「価値」を守ることができるのか。

写真展は、私たちが潜り接することはしていない海の底に、素晴らしい生命の空間が広がることを教えてくれている。同時に、これは市民的な立場からする環境影響評価のための貴重なデータである。

会場でスナフキンさんにたずねたら、残念ながら満員御礼という客の入りではなかったらしい。地元新聞記社に取材を依頼したのだが、それもなかったようである。10年余も続いている新基地建設の問題の現在に対して、新聞社の感度が著しく鈍っていないか気になる。

“それは帽子だ”のごんさんから、コメント欄で、泡瀬干潟のサンゴの状況についてのタイムスの論壇に投稿されている記事の紹介があった。開発信仰から脱しなければ、失うものは取り返しのつかないものである。

信仰に近い開発に反対する動きにも、当然「政治」が介在する。住民運動の現場に、政党やセクトが参加することで軋轢が生まれ、運動が解体したり弱体化するのは往々にして起きる現象。どのようにそこを乗り越えるか、とても大きな課題である。

私は元社民党の現沖縄市長泡瀬干潟に対する行政の長としての意思決定はなにひとつ支持できないし、予想通りのヘタレな意思決定であり政治家としても信頼できない。私は沖縄の保革の政治構造における革新に対する信頼も薄く、どうにかオルタナティブな回路がないかをいつも思っている。

「緑」からの政治テーゼもあるが、それだけではいかない沖縄の位置/いまも悩ましい。

■沖縄の現実におけるいくつかの潮流

沖縄の位置やいまを考えるのに、きっと重要になるだろう様々な動きがある。これが将来を決定するなどという大げさなはなしではないが、そのような動きを見失わないようにしておきたいと思う。マクロやミクロの両方で物事を眺め考えつつ、より有効な自分の行為を創造したい。私個人の行動など、たかだかの小さな動きだが、守るべきものを「保守」するために、守るべきものに対する不当な攻撃を加える社会を「変革」するために。

そんなこんなを思っていると、ありふれた日常のひとこまに書いたような現実に対して、沖縄タイムスが書いた本日の社説が目にとまった。

[米軍の事件事故]仕組みを見直すときだ
沖縄タイムス社説:2008年4月14日朝刊)魚拓

タイムスの社説は、在日米軍問題が「聖域化」している現状を批判し、仕組みそのものを見直すべきだと論じる。
具体的には、日米合同委員会の在りかたを改善すべきだとする。

渉外知事会(会長・松沢成文神奈川県知事)が政府(外務省)に新設を求めている、日米合同委員会の中に自治体が参加する「地域特別委員会」のような協議機関は、運用の仕方を間違えれば、諸刃の剣である。

タイムスは、「住民生活に深くかかわる事案については、住民の声が直接届くような仕組み」として、その協議機関を捉えるが、沖縄県名護市という住民の大多数の意思とは別に政府と協働する地方公共団体の行為を知っている私からは、手放しで歓迎できる提案ではない。

しかし、現行はそれ以上に酷い状況であるのは間違いないのだから、「一歩前進」として、そのような回路を構築するのは必要だろう。

沖縄県名護市で主権者が問われているのは、さらにその先へ前進する「自治の本旨」を自らのものにするための重要な一歩を踏み出すか否かである。その意味では、民度が問われているのかも知れないが、沖縄に圧し掛かる現実が複雑で幾重にも酷いことを無視して単純に民度を問うこともナンセンスである。そのことを意識して、渉外知事会が協議機関の設置を求めるという潮流を気に留めおく。

連合が、地位協定改定に向けて動き出したという下記動向も同じように。

高木連合会長、米労組と討議意向/地位協定改定
沖縄タイムス:2008年4月14日(月) 朝刊 3面)魚拓

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名護に戻ったら、県議選の話題でつかまってしまった(笑)。
そういえば、県議選があるんだという具合に思い出した自分がいるが、地域における選挙政治は、おそろしくつまらなく、おそろしく低レベルである。

名護市は、全国的にはそんなにメジャーじゃないだろうが、1997年に住民投票が行なわれ、98年に市民を二分した市長選挙があり、それから選挙のたびに国政選挙並みの闘いが「新基地建設」をめぐり行なわれてきた。それにも関わらず、この十年余のあいだ、一度たりともまともに県議会議員選挙が行なわれたこなかった。県議選挙区としては二人が当選する二人区なので、保守と革新がそれぞれ候補者を擁立すれば安泰であるという図式なのである。

新基地建設問題という大きな政治的イシューがあるにも関わらず、市長選挙において政策論争からうまく外され保守陣営の勝利を呼び込んだのは、県議選挙における無投票というような保革の壁とその旧態としたバランスによるものかもしれない。

今回は三人が出馬するらしい。投票結果がどうなろうと、選挙になることで、有権者の政治への参加意識が覚醒されるようになればと願う。

あまり客観的なふりをするのはフェアじゃないだろうから書いておくが、旧態とした「保革」ではない三人目の候補者は私の先輩/友人である。政治思想や趣味やいろんな事柄は私とは真逆ともいえる性格だが、行動力があり、県議になれたらいい意味でその行動力が活かされるだろう人物である。

14選挙区72人名乗り/県議選
沖縄タイムス:2008年4月14日(月) 朝刊 1面)

タイムスによれば、名護市だけでなく全県的にも

従来の保守、革新両陣営に加え、政党「そうぞう」や民主党県連の挑戦が、県内政局を左右する要因になりそう

ということらしい。

沖縄も動いている。この動きが、いい動きなのか、反動的なものなのかを私は判断できない。ただ次の一手のために、動き出す準備をはじめるだけである。

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