宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

米兵によるあらゆる事件・事故に抗議する県民大会

ずっと雨が降っていた。雨の中を大勢の人が立っていた。集まった人々の数を主催者が6000人と発表したことを今朝の新聞で知った。とても妥当な数字だと思う。帰りがけに当初は雨天時の会場といわれていた屋内ドームのそばを通ったが、あのドームには入りきれず混乱しただろうと思うほどには、大勢の人々が、雨のなか濡れながらじっと立っていた。

323_3冷たい雨だった。靴の中までぐっしょりに濡れながら、人々は立ち尽くしていた。私は幼子を抱きながら、野球場のひさしで雨を避ける人々の群れの中に混じった。

みんな黙って聞いていた。傘の山ができていてステージで話している人の姿を見ることもできないけど、みんながその方向に向かいながらじっと耳を傾けていた。最後のジェーンさんが語る言葉に、涙する人もいた。私には、まっすぐに前を見つめ立っている人々の姿が、泣いているようにもみえた。冷たい雨のせいばかりではない。

0323pro■「県民大会」を志す主催者の意思

大会会場で配られていたプログラムは左の通り。

主催者は「沖縄県子ども会育成連絡協議会」や「沖縄県婦人連合会」などで、政治色のない(どちらかというと政治色を嫌う)団体であり、プログラムは全体的に既成の政治イデオロギーに偏ることを注意深く抑制されたものになっている。

政治家(ないしは政治に関わる立場)からの挨拶は、二人の自治体首長と開催地首長だけ。それも、保守系から那覇市長、革新系から沖縄市長とバランスを保っている。

各政党の挨拶などもない、ほんとうに抑制の効いた「県民大会」を目指す主催団体の意思が貫徹されていた。

自民党と県知事が参加していない、不在のもつ意味は重い。

■《何も変わらぬ現状》失われた十三年

考えてみれば、自民党や経済界が米軍基地(の存在から派生する事件や事故)に抗議する大会に参加するのは95年がはじめてではなかったか。それ以前は、彼ら彼女らは現状を容認・是認する勢力でしかなかったのじゃないか。そういう意味では、95年から十年余を経て、それ以前の形に戻っただけなのかもしれない。

0323apiでも、同じ場所に戻ったわけではない。政党や労組、革新系の首長たちによる行政のリーダーシップとは違う、様々な人々の動きがこの十年の間には確実にあった。まだそれらが、昨日の大会に多様な形でつながって表現されるには至っていないが、その“種”は、小さな動きは明らかにある。

今回の県民大会で確認された決議に、記された一行の重みを私たちは私たち自身の問題として抱えなければならない。

《何ら変わらぬ現状に県民の我慢の限界はすでに超えている。》

ウンザリする現実の悪しき連鎖と循環。よほどのバカでもない限り、《何ら変わらぬ現状》に誰もが気付いている。その現実を前にして、冷たい雨に打たれながら、ここから歩き始めることをみんなが考え続けている。

■冷たい雨の中、ここから歩き出す

自民党や県知事の参加を望み、不在を糾弾することに裂く時間があれば、やらなければならないことがある。ここから先に進まなければならない。不在の彼ら彼女らは、主催者や集まった人々や、参加はしなかったが心の底で憤りを共鳴させている人々に、昨日の冷たい雨の如く冷ややかな言葉や感情を投げかけるだろう。そのような雨に打たれながら、次への確かな一歩を手探る大会だったと思う。

何度でも言う、日本政府は、日米安保を廃棄し米軍を追い出すことができないなら、地位協定で入管も免除されるなどの特権を与えられている米軍人軍属及びその家族は基地の外をウロチョロさせるな。外出時には例外なくGPSで行動を監視管理する。再発防止策はそれしかない。基地内に思いやり予算で水光熱費もタダの住宅を完備しても、空き家があるにも関わらず、基地外に住む米兵たち。住民登録もなく自治体も地域社会も管理することのできない米兵たち。「地位協定の運用改善」などというおためごかしで、事件や事故の再発防止ができるわけはない。

昨日のなごなぐの記事に記した犯罪者の米兵は、殺人の疑いがある米兵22歳、警官に暴行する米兵26歳、偽造ドル紙幣で享楽する米兵20歳。すべてが20代の若者である。若き兵隊に対して、そのような場所としての沖縄(日本)という教育がされているのか、そのような兵隊しかリクルートできていないのではないか。日米両政府とも、いいかげんにすべきだ。

大会の最後の発言者として発言なされたジェーンさん()は言う

ずっと一人だった。だから沖縄のみんなの気持ちがわかる。私はきょうのことを永遠に忘れない。

犯人がレイプしたことを認める発言をしても、メディアや一部の鬼畜たちにセカンドレイプされた被害者が告訴を取り下げたら、無罪放免にされるという「親告罪」のありかたもふくめて、私たちはどうにかしなければいけない根源に突き当たっている。「そっとしておく」という言い訳は、幾重にも非道かもしれないことを私は思う。

そんななかで、イカレタおっさんのビラ配り事件もあった。もう言及する気もないので、【参考】として末尾に記事だけコピー&ペーストしておく。

※ジェーンさんについては、ぜひ、下記【参考】に置いた沖縄タイムスの記事や社説を読んでください。

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【参考】

大会会場でも配られていた、地元新聞社の号外がネット上でも配信されている。

沖縄タイムス号外PDF版1面PDF版2面
琉球新報号外PDF版(2ページ)

各社の報道。

米兵犯罪に抗議 沖縄県民大会に6千人朝日新聞
沖縄やまぬ怒り、米兵犯罪に抗議の県民大会に6000人(読売新聞)
相次ぐ米兵事件に抗議=「沖縄の怒り、日米両政府に」-市民団体主催で集会時事通信

「安心を返して」/「涙雨」静かな怒り沖縄タイムス

米兵犯罪根絶を要求 県民大会に6000人琉球新報

地元紙の社説。

【社説】米兵抗議県民大会 人間の尊厳を守れる国に/政府は「痛み」取る責務果たせ2008年3月24日琉球新報

【社説】尊厳をかけた問い掛け 被害者「私は悪くない」沖縄タイムス

3月23日現在22のはてなブックマークがついている沖縄タイムスの記事。
“国旗国歌推進県民会議の恵忠久会長”とかいう頭のイカレタ人物の所業。
「国旗国歌」を推進する人々はこんな人権意識のカケラもないヤカラ。これは単なるレッテル張りではなく、経験的な観測である。恥知らずに恥を知れといっても無駄なんだろうが、…ウンザリする。

http://www.okinawatimes.co.jp/day/200803231300_01.html

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「被害者名」記し批判/産経・世界日報にチラシ

二十二日に県内で宅配された産経新聞世界日報の折り込みチラシに、米兵による暴行事件の被害者の実名とも読める氏名を記載して被害者を批判する文書が含まれていたことが分かった。チラシの折り込みを依頼した国旗国歌推進県民会議の惠忠久会長は「氏名を記したのは軽率だったかもしれない」と話し、世界日報は販売店にチラシの回収を命じた。

チラシには被害者を批判する文章のほか、「県民大会を開かせるな、自民党公明党は絶対に参加すべきではない」などとした惠会長の主張がA4紙二枚に記されている。

惠会長は、数百部を同日の両紙朝刊に折り込むよう販売店に依頼したという。記載された名前は実名ではないが、惠会長は実名かどうか把握しておらず、「チラシはある文章を引用して作ったが、名前を記すことの意味はよく考えていなかった。被害者の人権を指摘されれば多少、軽率だったかもしれない」と述べた。

沖縄タイムスの取材に対し、世界日報の黒木正博編集局長は「同日夕方ごろ、沖縄の販売店から報告を受けた。不穏当な表現だと考え、すぐに回収を命じた」と話した。

産経新聞社大阪本社の広報担当は「折り込み広告は販売店が判断して入れている。公序良俗等に反するものは控えるよう販売店には言っている。内容の確認をしていないが、もし事実なら遺憾に思う」としている。

県人権協会の永吉盛元事務局長は「被害者である、という立場をまったく理解していない。本当に実名を出していたとしたら、甚だしい人権侵害で悪意に満ちた態度だ」と憤った。「言論の自由があると言うかもしれないが、私たちの社会で到底許されるものではない」と述べ、強い抗議が必要との認識を示した。

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