宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

すみません、沖縄で生まれて。でも…

20080214やっぱり私には、自宅まで押しかけて取材する行為は常軌を逸しているとしか思えない。

プライバシーが守られない現状に愕然とし、検察当局や社会への不信が増幅した被害関係者の気持ちを考えると痛すぎる。犯罪的だ。

「鬼畜」などと表現すると鬼畜に悪いのではないかとためらわれるほどの産経新聞花岡信昭記者の物言いといい、私たち沖縄の人間は、沖縄で生まれたというだけで罪科を負っているのではないかと思えてくる。

すみません、ほんとうに。私たちは、沖縄人です。日本人のみなさんが、大切にしたい米国との同盟関係のためには、さほどたいしたことでもないだろう人権侵害などを大声でわめいてしまって、ほんとうに目障りですみません。

ナカイマという謝罪に来た米軍幹部をエレベーターホールまで見送る自公政府が推す県知事をつくりだしておいて、シマブクロという基地建設合意の条件(陸域を飛ばない)が反故になってもなんにも気にならない自公政府が推す名護市長をつくりだしておいて、日本政府と協調して米軍基地を維持していく行政を推進させているくせして、米軍の事件や事故が起こるたびにだけ、大声で喚いて文句ばっかりいってすみません。ほんとうに私たち沖縄人は恥知らずです。カネの亡者かと罵ってください。

沖縄戦では、勇猛果敢に戦い、沖縄人に人間的に接してくれた日本兵もいただろうに関わらず、スパイ容疑で沖縄人を殺害した一部の日本兵や、避難しているガマで泣いている赤子を殺させたりした方々がいたことですべてを悪の如く告発してほんとうにすみません。あのころ、沖縄人もみんな天皇の赤子だと信じ、優秀な大日本帝国の臣民になろうと努力していたことも忘れて、国家を非難だけしてほんとうにすみません。

これもこれも、みんな私たちが、沖縄で生まれて育ち、まだこの地で生きているからいけないんです。

沖縄戦からずっと居座り続けている米軍を、日本国は出て行ってもらうことなど考えていない。それにも関わらず、日本国の一県の県民でありながら、沖縄から米軍基地が少なくなっていくことを願い続けている私たちは、ほんとうに、ほんとうに考えてはいけないことを考えている、日米同盟の大切さを考えることもできない、あさはかな島の民です。すみません。

沖縄などに住んでいるからいけないんだ。この島は、南国の癒しを求めて移住してくる日本人のみなさんと米軍に明け渡して、米軍基地に抗議する沖縄人はどこか基地のない地域に集団移住したらいいんだ。そのための土地と資金を得て、そうするしかこの問題を解決する道はない。

日米両政府が、抜本的な対策として、希望する移住者を募ることにしたというニュースに接しても私はあまり驚かないでしょう。狭いところにたくさん詰め込みすぎた問題を解決するには、そうするしかない。そうすることで、軍隊としては縦横無尽に訓練できる余地を拡大し、可能な限り最大多数の住民たちを軍事基地によるストレスから解放する。

普天間飛行場名護市辺野古への移転も、北部演習場のヘリパッド新設も、すべてがその理屈で米軍基地を再配置する計画でしかありません。軍事基地を人が住んでいるところへ動かすから問題が出るんです。そこに人が住んでいるから問題が出るんです。人がいなくなればいいんですよ。日米協議で、まともにそのような提案が議論されていても、私はなんら驚きません。

私たちの娘や息子は、いや、私も、生まれる場所を選んで生まれてきたわけではありません。でも生まれた場所が悪かった。ほんとうにすみません。

それでも、生まれ島が好きで、どうにかしたい、どうにかしなければという思いを捨てきれず、こんな不公平で差別的な現実があっていいはずはないと、じたばたすることを止めきれないバカさかげんを、どうかゆるしてください。

私の世代の多くの仲間は、保守だ革新だなどという政治的対立にウンザリしています。基地に反対するのが革新で、賛成するのが保守などという図式があるんだとしたらバカげています。95年に、沖縄は県民的なコンセンサスとして、基地の整理縮小を求めることを確認しました。それにも関わらず、この十年はなんという失われた十年だったでしょう。日米安保の是非と言う神学論争など興味のない、私の友人・知人も今ある基地の多さとその弊害は、あまりにも差別的で酷すぎると感じています。
暴行事件に抗議する県民大会には、自民党公明党およびその関係団体は参加しないらしいですが、革新/野党に政治的に利用されるのではないかと言う、非常に政治的な理由は、95年につかみだしたコンセンサスから大きく後退する反動でしかなく批判のそしりは免れないでしょう。

ひとつの場所に集まって抗議するだけが表現のすべてではないでしょうから、様々な抗議の意思の表し方を模索したいとも思います。
私の抗議は、米軍や日米両政府にだけではなく、いまは間違いなく、慙愧して沖縄人としての自身にも向かっています。

じたばたします。在日米軍専用施設・区域(土地)の75%を押し込めらている国土の0.6%の地域住民が、黙っていられるはずがないでしょう。戦後63年間が経過したんですよ。その間、ずっと占領されているんです。すみません、じたばたするしかないんです。そうして、何度でも次は、少女を守れるように、“次は”ないようにと、願うしかないんです。

自分たち自身がマンガタミーして、自身の問題として引き受けじたばたする。それが、「そっとしてほしい」という少女の言葉への応答であるべきだと私は考えています。

馬鹿な犬と犬を放し飼いにする飼い主を蹴り倒すんであって、馬鹿な犬に噛まれた少女を誰が責めよう。少女の傷はいつかは癒える。馬鹿な犬と犬が放し飼いにされている状況を変えることが大人の仕事だ。

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【参照】

14歳少女はこれを教訓として生きてほしい(はなさんのポリログ)
ちょっと待て、花岡ア!!!!(vanacoralの日記)

『週刊新潮』記事に抗議の申し入れを行いましたアジア女性資料センター