宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

名護市・沖縄県・岩国市

Iwakuni東京/岩国の小旅行から帰ってきました。なにかと毎日飲む機会があり、心身ともに疲れ気味であります。

旅行中はぜんぜん更新してなかったのに、“なごなぐ”をたずねてくれる方々には申し訳ありませんでした。これからボチボチとチューニングしながら更新していきますのでよろしくお願いします。

岩国の市庁舎は9割方完成しており、総ガラス張り風外観のずいぶん立派な市庁舎でした。写真の左端のほうに少し見えるのが、現在も使われている岩国の市庁舎です。

岩国の市庁舎は、広島県の安芸灘を震源地とする芸与地震(2001年)で被害を受けて、耐震性が著しく損ねられた。それを受けて新市庁舎の話が持ち上がる。ここで詳細は書かないが、KC130空中給油機12機の受け入れだけで、50億円近い補助金を拠出することは法外な見返りといえるかもしれない。防衛省は、岩国の窮状に付け込み厚木の艦載機移転を見込んだ再編の中に岩国を巻き込んだのだろう。岩国基地の滑走路の沖合展開を含めて、日米両政府が何を考えどのようにコトを進行させているかをみないといけない。

通常自治体は、庁舎の耐久年度をにらみながら庁舎建設基金を積み上げていく。いよいよの建て替えのときには、基金を原資にしながら起債を起こし建設費を捻出する。岩国が米軍基地あるがゆえの国のカネを当てにしてそのような基金を有していなかったのだとしたら、米軍基地あるがゆえの行財政運営が今日の事態をもたらしたともいえる。
しかし、防衛省のやりかたの酷さよ、地方自治を損ねるその手法は批判されてしかるべきである。沖縄の自治体が「振興策」や「交付金」で簡単に転ぶ(私はハンセンの自衛隊との共用化を受け入れた金武町長らの節操の無さを念頭にしている)事態も情けないが、そのような自発的隷属を促す構造を批判的に検証し問題を明らかにする必要がある。

名護市への新基地建設に係る環境影響評価の問題も然りである。
県の審議会の方々が努力してどのように意見を出そうと、県知事がまともな意見を出すことは想定できないし、このような無謀な基地建設を進めていくことで事業者(政府・防衛省)と認識を一致させている自治体の首長たちの意見に、どのようなまともな意見を望むことができるというのか。
沖合展開などという目糞鼻糞レベルでの「対立」を偽装する行政を前に、国と対峙しているからという一点で民衆が“県知事がんばれ”などとエールすることほどこっけいで酷い劇はない。

私は希望を抱かないので絶望することはない。そのことが私の希望である。

「おにぎり食べたい」と言い残して殺されていく人がいる。自治のありかたを、私たちの公的領域のつくりかたを、本気で考えないといけない。

だれでもが知っていることなのだろうか。昨晩、我が家に遊びに来てくれた友人から聞いた話(友人も基地に勤める知人から聞いたという)では、沖縄の米軍人のなかには本国に一時戻るさいにクーラーをつけっぱなしで部屋を出る輩がいるという。帰ってきたとき快適であるというのが理由らしい。頭が狂っているとしか思えない。一戸7000万円もする住宅、立派なマンションにシュワブにある高級コテージ、すべてが思いやり予算という名の日本国民の税金である。

名護市沖縄県・岩国市で起きていることは、まさしく私たちの生きる世界がどのようにつくられているかを教えてくれる。東京での最後の夜の酒席を共にしてくれた友人は、“それに座間市を加える”と重要な示唆をくれた。米軍再編は自治の在り方を根底から問うている。

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Sinjyuku 新宿で時間があいたので東急ハンズ紀伊国屋書店をうろついたが、年末セールとかで世間は浮かれ風情であった。

なんか寂しい気分になった。

20代のときを彷徨した東京の街は、相変わらず大都会だったが、人ごみもなにもかもがただただ私を疲れさせる。

南新宿から西新宿に抜ける通路沿いを、イルミネーションが飾っていた。私はガラスに映ったイルミネーションと、ガラス越しのビルを携帯で写した。地域計画等のコンサルタントをしている友人は「変だよそれ」と笑ったが、私にはそれぐらいの接し方がちょうどよかった。
ガラス越しのビルの頂上にはMicrosoftの文字があった。

時は流れている。