宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

幻想の自治体財政改革

Kawasebook川瀬光義氏の新著紹介のためのメモ。

『幻想の自治体財政改革』
著者 : 川瀬 光義
税込価格 : \3,360(本体 : \3,200)
出版 :日本経済評論社
ISBN : 4-8188-1956-6

《帯文》
希望を奪う「改革」。格差が広がる「改革」。
真の地方自治の確立にむけた地方分権改革であった「三位一体の改革」が、なぜ自治体の存立基盤を掘り崩しているのか。

《著者紹介》
京都府立大学福祉社会学部教授。1955年大阪市生まれ。86年京都大学大学院経済学研究科博士課程指導認定。87年同前退学。埼玉大学立命館大学静岡県立大学を経て現職。京都大学博士(経済学)
[主著]
『台湾の土地政策』青木書店、1992年(東京市政調査会藤田賞受賞)
『台湾・韓国の地方財政』日本経済評論社、1996年。
グローバル化時代の都市』(共著)、岩波書店、2005年。

本書構成は下記の通り

序章:希望を奪う「改革」
第一章 住民税にみる集権性
第二章 固定資産税にみる集権性
第三章 「財政戦争」の帰結―「行政改革」がもたらしたもの―
第四章 投資的経費膨張政策の帰結
第五章 基礎自治体からみた「三位一体改革」―沖縄を中心に―
第六章 安全保障と地方自治
終章:地方交付税を連帯の証に

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ヤスヒロMEMO

日本は国と地方の税収の割合は3:2で、仕事の割合は逆転する。そのギャップを埋めているのが「地方交付税」等である。
自治体には面積や人口等規模に応じて道路や橋の建設補修などの公共工事や様々な仕事がある。それら仕事量(基準財政需要額)を過疎や大都市圏からの遠隔など複雑な補正を加え算出し、基本的な税収入等(基準財政収入額)を引いた差額を「地方交付税」として国が地方に交付する。弊ブログの左サイドバーにいるねずみ男は、地方交付税を国から地方への“ほどこし”と思っているが、明らかに間違いである。これは憲法に位置付けられた「地方自治の本旨」を実現するために法律で位置付けられた税の“はいぶん”である。

地方交付税は、国税5税の一定割合を財源にしているが、実際にはそれだけでは足らず、「地方交付税特別会計」として借金をして賄っているがそれが異常膨張し大変なことになっている。

地方交付税の本来の趣旨である「地方自治の本旨の実現に資するとともに、地方団体の独立性を強化する」という目的のためには、特別会計なんかで借金をするんではなく国税5税における割合を引き上げるなどをすべきであったのに、国はそんなことしたくないものだから、特別会計でごまかし続けてきた。

そうして、三位一体改革の中で地方交付税の見直しを唱え、その総額をガンガン縮減していっている。結局、分権化社会にふさわしい真の地方自治の確立に向けた国と地方の行財政改革といわれた「三位一体改革」は、国の財政改革のための地方切捨て以外の何物でもなかった。「カイカク」をはじめて十年を経過し、年度当初予算をむすぶことすら困難な状況に陥っている基礎自治体がどれほどあるだろう。

あの悪名高きタケナカヘイゾウが総務大臣のときに「新型交付税」が提案され、交付税総額の三分の一にあたる五兆円が人口と面積だけを基準にされはじめている

交付税は人口10万人を分水嶺として、それ以下は遠隔地補正等も廃止され単純に面積と人口比だけでの配分になる。これは国が行なう上からの合併を進めるためのアメとムチ。アメが欲しければ合併して10万人以上になりなさいである。しかし、沖縄には合併しようにもできない、合併してもスケールメリットもなにもない小さな島々がある。あきらかに小規模自治体でしかない沖縄の離島自治体はこのままでは無人島化していくだろう。

この国は制度的に「限界集落」をつくっている真っ最中である。

新自由主義の国家運営がどういうものか、私たちは目を見開き現実を考えなければならない。これからもっともっと人が住める地域でなくなる地方が増えてくるだろう。それは行政に効率性と経済性のみを追求要求した帰結である。新自由主義的プロパガンダに誘導され、連帯すべき相手を見失い断片化されていった結果である。

Inoti

たしかに行政は効率的である必要があり、税金を原資としている以上経済的に無駄が出ることは避けられなければならない。だからといって一面的に単純化して、公的機関が担わなければならない福祉や様々な領域に市場原理を持ち込んでいけば私たちの公的領域は殺伐とした荒野でしかない。一握りの「勝ち組」と呼ばれる階級のために、圧倒的多数の「負け組」と呼ばれる階級が構成され略奪されつづけていく。

ヨーロッパのような階級妥協的福祉国家の経験を経ていない日本の新自由主義カイカクでは、必然的に構築される格差社会で下層に落ち込む人々はセーフティネットも外され「生きる」ことすらできなくなる。誰もが、生活保護を打ち切られ「おにぎり食べたい」と言い残し殺されていく可能性を有している。

分権化社会にふさわしい真の地方自治の確立という《幻想の自治体財政改革》を超えて、地方交付税を「都市と農山漁村の連帯の証であるはずの地方交付税」(川瀬)として捉えなおし、自治体のありかたをつくりなおしていく必要がある。世界では、新自由主義・グローバリゼーションとは違う「もうひとつの世界は可能だ」という動きがはじまっている。私たちが共に生きるためには、その道を歩むしかない。

沖縄の自治体のあり方に関心ある人には、本書の第五章と第六章を読むだけでも価値がある。どのように基礎自治体が国の財政再建のための踏み台とされているか、どのように基地維持政策のために無原則な公共事業漬けにされていっているかがよくわかる。

新しい米海兵隊の基地建設に振り回されたこの10年で到達した沖縄の現在は、分権化社会の地方自治と逆行する状況でしかない。第六章の末尾に置かれた川瀬氏の言葉を引用する。

…1999年の閣議決定の趣旨からして、北部振興事業普天間飛行場移設がリンクしないというのは重要な“建前”であった。政府が一方的にこの建前を放棄したにもかかわらず、なおも北部自治体が振興策の継続を求めるという状況は、分権の時代にそぐわないと言うほかないであろう。

昨年V字形滑走路で政府と合意する際に、そのかわりのシンコウサクを求め「本音と建前を使い分ける時代は過ぎた」と沖縄北部の村長が吐いた言葉は、明らかに私たちが求めなければならない「もうひとつの世界は可能だ」という言葉とは真逆の世界への道を歩みつづける意志の表明である。私はどんなに大勢の人々がその言葉を吐いたとしても、「もうひとつの世界は可能だ」と信じ生きて活動していきたい。

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川瀬さんは、宮本憲一先生たちと「沖縄研究会」を行なっている。私は研究会の先生たちと市民投票以来10年の付き合いをさせていただいている。
川瀬さんたちとの出会いに触発されて、自治体財政分析の本を貪り読んで、実際にエクセル等を駆使して稚拙ながら名護市という自治体の財政分析を行なってきた。川瀬さんをはじめ研究会の先生方にはとても感謝している。

下記にその成果であるレポート等の所在を記しておきます。

グラフで見る@名護市の行財政
http://www5.ocn.ne.jp/~miyagi/report/0502zaisei.pdf

市民投票から10年、沖縄・名護市はいま(沖縄研究会での報告レジュメ)
http://www5.ocn.ne.jp/~miyagi/report/ten_years.pdf

上記のレジュメの英語版(翻訳=MiyumeTanji
http://www.japanfocus.org/products/details/2490

炭鉱のカナリアの歌声―「島田懇談会」事業批判
http://www5.ocn.ne.jp/~miyagi/report/canarysong.pdf

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今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。

著者献本で川瀬さんから御著書を寄贈していただきました。超ウレシイ。とてもいい本だと思っているので、どこかに書評を書こうと思っています。そのためのメモでした。ぜひ、機会があれば、本を読んでみてくださいね。

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アルファブロガー・アワードの投票が締め切られ、昨日結果が発表されました。

“なごなぐ雑記”はだめでしたが、きっこさんが推薦し、なごなぐからもずっとリンクしている“ちゅら海をまもれ!沖縄・辺野古で座り込み中”とミニーさんの“カナダde日本語”はアルファブロガーに選ばれました。よかったよかった。

応援してくれたみなさん、ありがとうございました。
こんなマイナーなブログに注目して評価してくれたきっこさんにもとても感謝しています。

これからもマイペースで発信し続けていきますので、遊びに来てくださいね。

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