宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

豚と真珠湾

4880593400今日は政治の話題ではなく、とりとめのない近況話を…

来年一月に出版予定の書き下ろし本の原稿を追い込んでいて、にっちもさっちもいかなくなっている。につまって干からびているわけではないのでまだいいが、最後の“なにか”が出てきてくれないので悶々としている。

昨日(もう一昨日だ)久しぶりに家を出て世間を歩いた。オーストラリアから来たガバン・マコーマックさんが、わざわざ時間を割いて連絡をくれたのでお会いして近況を話し合った。夜は夜でSプロジェクトなる“秘密結社”で話し合う中で、キャンプ・シュワブについてなんとなく気になっていたことが急にふっきれて、先が拓けたような気がしたことはよかった。

地元新聞に書評を依頼されていた戯曲を、断続的に読み続けていたが、今日が締切だったこともあり、読み終え読み返しをくりかえした。夕方、数時間かけて短い原稿を書いた。

『豚と真珠湾』は、劇作家・斉藤憐さんの(いちばん?)新しい仕事である。
《続き》は戯曲の内容等について紹介しつつ、昔話を少し。

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『豚と真珠湾』のサブタイトルは「幻の八重山共和国」となっている。

お話は、終戦直後の八重山石垣島で、沖縄本島との連絡も途絶えた一時期、言ってみれば《無政府状態》になった時期。新聞発行を始める(情報収集したり原稿が書けるという意味では地元のインテリゲンチャだわな)人々がおり、八重山共和国なるものが宣言される。そんなふうにいうと、なんか「革新的」な物語みたいだけど、庶民の暮らしや人間の生きるバイタリティがあふれた物語になっている。

八重山共和国は、進駐米軍がやってくることで、つかのまの夢幻と消えるが、進駐米軍の通訳としてやってきた日系人が、徴兵を忌避してハワイに移住した石垣島の男の二世である。

そしてその男が石垣に残した元妻が、物語の舞台になるサカナヤーという料理屋の女主人である。『豚と真珠湾』というタイトルは、「沖縄とハワイ」を指し、《豚と暮らす人々》と《真珠湾を奇襲する人々(であり戦争そのもの)》を対比させる。

男と女、親と子、大和人と島人、それぞれ違いを有した登場人物たちが、恋や思想や生活や様々な問題を抱えながら暮らしていく様が、明るくたくましく描かれている。

物語から切り離してもそれだけで箴言となるような素敵なセリフが要所要所に置かれている。
あえて場面のシチュエーションは説明せず、いくつか気にいったセリフをメモしておく。

自由は、空恐ろしいさあ。わしらのようななんも知らんもんがなんでも決める…。いいのか、そんなことして。

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…もしかしたら、戦場であんたを撃ってたかもしらん。いつか本物のアメリカンになろうとした日系人と、限りなくヤマトピトゥになろうとしたわしが殺しあいを…。

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『タイム』のキブニー記者は、『軍紀では、世界中に駐屯する米軍の中で最低と思われる一万五千人が、絶望的貧困にあえいでいる六十万の琉球住民を統治している』と書いています。

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…国家だけが、戦争と死刑という人殺しの権利を持っている。

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ニライカナイは人の行けない極楽、竜宮城。人の行ける極楽、それがパイパティローマ。この芋も豚も稲も椰子の実も、海の彼方の神さまが届けてくだすったものさあ。

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ふるさとを愛するのはいい。ふるさとは人を殺さない。…国は人を殺す。

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世界で血を流さず人権を手に入れた試しはない。血も流さず女性が参政権を手に入れた例もない。…濡れ手で粟の人権や選挙権、日本人は大切にすると思うかい?

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伊藤博文は、沖縄本島と奄美は日本の領土だが、宮古八重山は清国にやるって答えているんです。日清戦争で、領有権問題はうやむやになりました…。

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「豚と真珠湾」は十月に東京六本木の俳優座劇場で、佐藤信さんの美術演出で上演されたらしい。もちろん、沖縄に暮らす私は観てはいない。

斉藤憐さんの仕事は、不良演劇青年だった20代の私にはあこがれでもあり、おそらく《書評》を書く任を引き受けるべきではなかったかもしれない。作品を突き放して批評できない。いまごろになって後悔している。

私が最初に斉藤憐さんの戯曲というか台本というかテキストというか、まっ、呼び名はどうでもいいが書いたものに出会ったのは、1980年ごろ。「トラストDE」だったか「赤目」だったか忘れたが、とてもドキドキしながら読んだのを覚えている。モンタージュされる短い場面は、自在に時間も空間も飛びまくり、印象的断片的なシーンがコラージュされていく。リアリズムとは違う、まったく新しい体験だった。

林光さんが曲をつけたSONGも好きだった。『壁の歌』や『いってしまったあんた・・』。佐藤信さんの詩に曲を付けた林光さんのSONGも好きだった。『舟歌』『動物園』…ぜんぶ私の20代だ。
それらのSONGはほとんど70年代の作品だと思う。私が沖縄を逃げ出して上京したのは78年で、劇団に関わるのは80年からなので、少しタイムラグがある。私は遅れて来た演劇青年だった。

あのころの仲間は、どうしているだろう。
みんないい年齢になりだしている。
たぶん、オレがいちばん見た目おっさんになっているんだろうな。
性格は、いちばん手におえない生意気で甘えたガキのままかもしれないが。

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もう三・四日、落ち着かない日々が続く。
週明けから、ゆっくりと日常のリズムを取り戻していけるだろう。いまは昼夜がでたらめで、今日が何曜日かもよくわからない(笑)。

守屋氏のことも防衛利権のことも、とても気になっているんだが、週刊誌に書かれているという情報は入ってくるが、肝心の週刊誌を買いに行けてない。
だれか、そこいらへんの《情報》についてわかることがあったら教えていただきたい。

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あぁ、なんかとりとめのないことを書き散らかしてしまいました。
今日も、きちょうな時間を割いて、ここまで読んでいただきありがとうございます。

それでは、よい一日をお過ごしください。

私は少し仮眠します。

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