宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

条件付賛成の期待しもの

焦って歩き回っているうちに、とんでもない場所に出たり、目印にした方向が間違っていたために、目的地に到着するどころか、カフカの“城”のように到達することなどできない奇妙な像をみつめることになる。

暑い中、資料読みに精を出しながら、沖縄の、私の住んでいる名護市の、この10年と少しを考える。

1996年は、SACOで「普天間基地」返還と条件として「代替施設」建設が決定された。その翌年に、市民投票が行なわれた。

政府も梃入れして、当時の市長や土建屋さんや保守勢力が総動員体制で「条件付賛成」運動が行なわれたけど、市民投票では「反対」が過半数を制した。
私は、市民投票の「反対」勝利をノスタルジックに振り返っているのではない。「条件付賛成」とはなんだったのか。地域の人々は、なにを目指していたのか、なにを獲得目標にしていたのか、彼ら彼女らはそれを獲得したのか、目指していたものに近づきつつあるのか。そんなことをつらつらと考えてみている。

1995年の少女暴行事件に端を発して、日本政府が沖縄にとった政策に、基地所在市町村活性化特別事業(通称:島田懇談会事業)がある。10年で1千億円の予算を投下して、従来の公共事業ではない非公共事業が行なわれた。座長の島田晴雄がいみじくも宣言しているように、非公共事業事業主体は市町村だが、その「事業の成否は市場が決める」というものである。ある意味、「新自由主義」地方政策の実験といっていいだろう。

名護のような田舎の土建屋さんを中心とする地域ボスたちは、自民党の地方バラマキ政策に期待して政権党を支持してきた。市民投票時の、「経済効果に期待できるので賛成」などという条件付賛成の項目も、まさにその期待の表出である。

しかし、実際に行なわれているのは、それまでのようなバラマキ公共事業ではなく、新自由主義的な論理による経済政策である。
先にあげた島田懇談会事業や「北部振興策」という補助事業制度で、名護につくられたものは、「金融特区」への誘致企業に安価で入居していただくためのハコモノである。

名護市在住の生活者や失業者が欲している、就業の場としては敷居の高い金融ビジネス企業のために、税金を使ってビルを建てて安価で入居していただく。市が企業誘致のためにつくったパンフレットでは、「低廉な労働力供給」がうたわれている。

名護市の地域ボスたちに、名護市の将来ビジョンがどのように描かれているのかわからないが、大いなるミスマッチが生じている。

自民党金科玉条のごとく掲げる「改革」なるものの実態を、私たちはしっかり見据え判断しなければならない。名護市の地域ボスたちは、「新自由主義」の権化と化した自民党を単なる馴れ合いで支持し続ける。地域ボスたちだけが、しっぺがえしを喰らうなら自業自得でしかないが、大勢の市民や生活者、子どもやお年寄りが、巻き添えになっていく。

10年前の市民投票で「条件付賛成」をしていた方々が目指していたゴールは、10年も同じままあるわけがない。それは変質し、「期待」していたものは雲散霧消している。それでもなお人々は幻影を追いかけ、止まることができない。「経済効果」という言葉は、ハーメルンの笛の音のように、名護市民の耳の奥でいまも響き続けているのだろう。

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自民党が小泉カイカクで、完全に新自由主義を進めるしか能の無い党にぶっ壊れてしまった。新自由主義を提唱していた小沢氏が、いまは民主党新自由主義に対抗する政策を打ちたて国民に信を問う。政治のダイナミズムは面白い。
アベは「カイカク」を推し進めるというが、彼に自分で言っている「カイカク」の中身がわかっているという知性は感じられない。場の空気を読むのだって、少なからず知性は必要である。KYとはよくいったものである。