宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

自発的隷属の沖縄

台湾から大陸へと向かっている台風の影響なんだろう、沖縄は不安定な大気の具合。
青空と雲。ときどき、スコール。生暖かい風が、古い我が家の開けっ放しの玄関から台所へと吹き抜ける。

アセス方法書騒ぎ、どんなふうに考えたらいいんだろう。ややこしくなったなぁと思いもするし、相も変わらずな感じもする。

現在の位置を推し量るために考え書いたので、クルトヴァイルとブレヒトの“ビルバオ・ソング”でも聴きながら読んでみてください。

沖縄の有権者はこの十年以上、政府と協調する県政を誕生させてきた。名護市もまた然り。
政府との協調は、政府が沖縄を米軍基地の島として維持する政策(ポリシー)を有している限り、自ずと基地問題に関する沖縄の自発的服従を意味する。

稲嶺県知事も岸本名護市長も、日米両政府に押し付けられる基地を受け入れる自発的服従を選択するなかで、「条件」を付けたり「県民の財産」と呼び換えたり「自律的」であろうともがいてきた。それが彼らの沖縄としてのギリギリのポリシーだったのだろうと思う。

それに付き合うのに嫌気が差した日米両政府は、日米軍事再編で沖縄側の「基本合意」や「基本確認」という同意調達をして沖縄を処分した。

現在の沖縄県知事や名護市長には、受け入れの「条件」や自ら展開する理屈などの「自律性」はない。あるのは、滑走路を沖合いに出してくれ、3年以内に閉鎖状態にしてくれ、という素朴でリアルな主張だけである。

このような沖縄側の主張を無視する「政府の横暴」として、今回のアセス方法書送付を憤る人々が多い。そのことが私には寂しい。

沖縄側(行政)の主張が入れられればいいのか。そうすれば、政府の行為は横暴ではなくなるのか。何かが違う。何かが決定的に違う。

名護市長と、市議会でこの問題についてやりとりしたとき、沖合い移動は前市長のように「撤回することもありうる『条件』か」と問うたが、市長も助役も何かを恐れるように頑なに言質を与えなかった。彼らはそのような「条件」を顕示することで、政府との関係が崩れること、この先の展開に支障が出ることを恐れたのだろう。

沖縄側は、この十年の間、自律性を保持しようと努力しつつ政府と対峙し、結果的に「自発的服従」していた。現在は自律性を損なっているにも関わらず、ポーズだけが操り人形のギクシャクした動きのよう。“稲嶺・岸本”の条件付受け入れコンビの沖縄が「自律的自発的服従」の沖縄なら、“仲井真・島袋”コンビの現在の沖縄は「他律的自発的服従」の沖縄である。

ヤマト政府の横暴は、いま始まったことではない。顕現化している(してくる)ことは、沖縄の「隷属」状況の深化であり沖縄のメタモルフォースである。

県や市の“ポーズ”に少しでも賛意や同情や評価を与えようものなら、われわれは問題の本質を見誤り、沖縄の隷属の深化に手を貸すことになる。県や市がとるべき道は、このようなアンフェアは認めないと「基本合意」や「基本確認」を撤回することでしかない。その地点に遡って考え、発言しない、県や市のいかなる行為も、隷属をごまかすポーズでしかない。

沖縄問題として無視する無関心な大多数のヤマト人のみならず、関心を寄せている人々の中にある、《日本政府悪者/沖縄政府かわいそう》などという論調の感性(ヤマト人に多いんだろうと思うが、ウチナンチュにもたくさんいる)が、幾重にもこの状況を補完してくれる。私は、そんな単純な話ではないと思う。

どうやったら、この隷属の深化を止めることができるか、ずっとそのことばかり考えている。

沖縄の位置を、ヤマトの大勢の人々にとって遠い存在ではなく、身近なものとして示すこと。そう語るための言葉と、概念の地図。感情的に人々を攻め立てる言葉ではなく、解きほぐし生きるための力を沸き起こす言葉。違いを認めつつ、共にあることを望む志向性

10年前の市民投票のときから、ずっと探し続けている。