宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

【慰霊の日】に合掌する

070623教科書検定は、沖縄戦における住民の死に対する日本軍関与を薄めていく、現在進行形の歴史である。

本日書きたいことは、一言に尽きる。こんな馬鹿げた事柄をやめさせたい。そのために、どんなことが起きているのかを、時系列で整理する。それがどれほど馬鹿げたことで、どれほど危険な遊戯なのかを指摘したい。【慰霊の日】に仕事を横において、優先事項をこのメモを作成し発信することにおく。私なりの慰霊の日の追悼行為である。

画像は、琉球新報の昨日の特集から作成した。クリックすると大きくなる。米軍の本島上陸前の慶良間諸島。4月1日読谷上陸後の米軍の動き、日本軍の抵抗と敗走。日付と場所と、あらゆることに想像力を最大動員して考えてほしい。海も空もすべてが敵に囲まれた島で何が起きたのかを。
 

1982 教科書検定で高校日本史から旧日本軍による「住民虐殺」の記述削除

沖縄県民から強い抗議行動。文部省は記述復活、

1983 教科書検定で「集団自決」を「住民虐殺」に先立って書くよう修正意見

政府(文科省)の方から、「集団自決」について書くよう働きかけがあった。
理由は、日本軍による「住民虐殺」という問題を後景に退けるためであることは明白。

その後、沖縄戦研究が進む中で「集団自決」の軍関与が定着していく。
1997年の家永第三次訴訟最高裁判決でも「軍の存在と誘導」が認められている。

そういう状況の中で、「自由主義史観研究会」や「つくる会」というトンデモ集団は、「集団自決」の軍関与を否定する運動を展開。
2005年には、「沖縄ノート」(1970年刊)の作者・大江健三郎氏と出版社・岩波書店を被告に、「沖縄ノート」及び故家永三郎氏の「太平洋戦争」(68年初版)出版差し止めと損害賠償を求める訴訟が提訴され現在係争中。
原告は、沖縄戦当時、座間味島の守備隊長であった梅澤裕さん(90)と、渡嘉敷島の守備隊長であった故赤松隊長の弟さん。

2007 教科書検定で「集団自決」に関する記述について「沖縄戦の誤解するおそれがある」との検定意見で、軍関与の記述が修正・削除

教科書検定に関わる文科省の職員、教科書調査官が「つくる会」と関係していたことが発覚している。検定意見は係争中の裁判も考慮したとされている。

これって、マッチポンプ? 裁判も、勝訴することが目的ではなく、教科書の記述を変えるために提訴されたのかと疑いたくなる。教科書検定は、とにかく、沖縄戦における住民の死に対する「日本国軍」の関与を消したがっている(消すことは不可能だから薄めたがっている)。

トンデモ陣営の方々は、「文書」で証明できない隊長命令は無かったことにしたいらしいが、たとえ直接の隊長命令を裏付ける証拠がなかったとしても(私は「文書」など出るわけはないと思っているし、それを出せといっている方々は、沖縄戦に対する認識があまりに稚拙であり、現在の平和ボケした地点に甘んじながらその地点から過去に向かって唾を吐いているようなものである)、日本軍の関与という真実は微動としない。下記のインタビューでの発言を記憶しよう。

南西諸島が置かれた、空も海も陸も全部敵に囲まれた「合囲地鏡(ごういちきょう)」の状況では民政はない。陸軍士官学校教科書にはこの状況下ではすべて軍政、軍命と記されている。「自決せよ」はすべて軍命になる。この認識は非常に大事。例えば「もう絶望だ。死にましょう」と役場職員が伝えても軍命になる。この状況ではすべて、その地の最高指揮官が命令したことになる。

琉球新報6月22日12面に掲載された安仁屋政昭氏(沖国大名誉教授・歴史学)の発言である。

合囲地鏡の中で、死んでいった、殺されていった、殺しあった、幾多の人々に思いを馳せよう。
兵士も住民も、赤ん坊も年寄りも、アメリカ人も日本人も朝鮮人も沖縄人も、すべての命を飲み込んでいった地獄のイクサ(戦)を思おう。
軍隊のいない世界をどのように創れるかを想像してみよう。

教科書から、沖縄戦における住民の死に対する日本軍の関与を削除していくことは、軍隊の本質を見えにくくする策動でしかない。軍隊は住民を守らない、構成要素である兵士すら守らない、国家を守るのみである。その真理を冷静に見定めて、軍隊が動き出すことない世界を作り出すために「政治」は行なわれるべきである。軍隊の本質を見えなくすることに腐心する「政治」的な動きは、誰のためにもならない。とても危険な自殺行為である。自分は兵士にならない(なれない)ことを前提にしているのであれば、卑怯で愚劣な犯罪行為である。

1945年6月23日、県民の4人に1人が死んだとされる沖縄戦の組織的な戦闘が終わったとされる日。

合掌
ウートート