宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

沖縄戦と新憲法制定

<エントリータイトルを“きっこさん祭り”としてましたけど、書き足した内容にあわせてタイトル変更しました>

6月7日(木)夕方、超人気ブログ“きっこの日記”(=きっこのブログ)で、必読エントリーとして弊ブログの「 不用意発言じゃないだろうこりゃ」が紹介される。…「きっこさん祭り」がはじまった。

木曜日は11,877、金曜日は12,346というアクセスを記録。アクセス解析機能が壊れたと本気で思った。(なごなぐ雑記の平時アクセス数は、100から300なのだから、桁が違いすぎるっしょ)

Statsimgpng_1 神の御手がかざされ、光がそそがれたようだった:)

きっこさんのページから来たみなさん、ありがとうございました。これからも、マイペースで沖縄で感じ考えていることを発信していきますので、また寄ってください。

沖縄では、教科書検定から「集団自決」の記述が消されることに反対する動きなどが、地元新聞紙上で大きく報道されていますが、おそらく全国紙ではニュースにすらなっていないでしょう。

日本政府にとって、「沖縄」での戦争の実相は書き換えなければならない問題なのでしょう。

このような動きが目指すものは何なのか。「憲法改正」の動きと無縁ではない。

言葉を厳密にしておく必要がある。自民党は「憲法改正」など目指していない。自民党は、「新憲法制定」を目指していることを堂々と主張しています。「改正」じゃなく「改悪」だこれはなどという突っ込みは、ここではもうどうでもいい言葉の遊びです。

新しい憲法の制定を
私たちは近い将来、自立した国民意識のもとで新しい憲法が制定されるよう、国民合意の形成に努めます。そのため、党内外の実質的論議が進展するよう努めます。

自由民主党の新綱領(平成17年11月22日)

自民党は「改憲」などではなく、現憲法を根こそぎ捨て去り「制定」しようとしている。

そのために邪魔なものを、ひとつずつ取り除いていかなければならない。そのなかでも、特に沖縄戦の実相は、戦争できる/する普通の国になるために書き換えられなければならない。軍隊が民衆を守らないどころか、民衆を殺すなどということを知ってもらっては困る。

憲法改正ではなく新憲法制定というこの行為は「革命」と認識すべきでしょう。
この革命は、国家権力の側が、国家権力のために行なうものです。(自民党の新憲法案には米国の影がみえる。これは究極の売国といっていいでしょう)
私のオーストラリアやアメリカの友人たちは、「研究者の間では日本は民主主義国家だとは認識されていない」と言っていましたが、日本国は名実ともにそうなろうとしているのです。

戦後レジームからの脱却」とはどういう意味なのか。「美しい国」という美意識に関わることばで粉飾する政治の思惑はなんなのか。自民党は国民を騙すのではなく、堂々と主張しています。安楽への全体主義は、仕上げにかかろうとしている。これは終わりではなく始まりなのだろう。

昨年行なわれた、名護市長選挙・県知事選挙、そして今年の参院補欠選挙、すべてがこの始まりを加速している。

私たちは、茹で蛙としてあげられるか、そうではないと踏みとどまれるかの瀬戸際で生きている。7月の参院選挙は政権交代に直結するか私にはわからないが、この状況を加速するかブレーキ踏めるかの瀬戸際であるのは間違いない。

「きっこさん祭り」が終わっても、地道にマイペースで、怒ったり嘆いたり面白がったりしながら、“なごなぐ雑記”は情報発信を続けていきます。茹で蛙にはなりたくないし、愛するものたちを、茹で蛙にはしない。

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今日は、金のための仕事のフィニッシュ。ネット断ちして徹夜体勢で臨む。この仕事を終えたら、落ち着いて書くべきことを書いていきたいと思っています。

メールをいただいたみなさま。励ましや共感の言葉、とてもありがたく思っています。
仕事が一段落したら、返信させていただきますので、しばらく失礼をお許しください。

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