宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

ブヒ市長と県知事は東京

政府が基地建設に向けて本格的に動き出した。

もとはといえば、ブヒ字は政府とブヒ氏こと名護市長が合意したものである。しかし、仲泊氏の浅瀬案に近づけるためにブヒ氏は、政府との合意後さらに滑走路を沖合い移動などとのたまってきた。それで政治的行政的には問題が混迷してきた。

ブヒ氏は、騒音を懸念したり、べつに住民のために抵抗しているのではない。ブヒ氏の動機は何なのかさっぱりわからないが、仲泊氏をはじめとする業界の利益誘導とかなんとかなのだろう。ばかげたことで国防の根幹に係る事業が振り回されている。守屋次官でなくても、もうつきあいきれない、とさじを投げるだろう。

しかし、2+2や首相訪米を控え政府のスケジュールは詰まってきた、ブヒ氏は早晩、県知事と一緒になって政府と折り合いをつける。こんなもんだ。再編交付金も欲しいしね。東京で久間さんと何をしてくるのかを注視しなければならない。


政府案を基本としつつブヒ移動案も想定した「事業計画」で環境アセスを行うなどの奇策が出てくるだろう。これこそ「複数案アセスじゃ」っていうかもしれない。

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名護市の要求に配慮いただき、滑走路の位置を沖合いにずらしていただいた。(防衛)長官の対応に深い敬意を表する」 

ブヒ氏のいう滑走路移動を合意したわけではないよ。

これは、現在のブヒ字型滑走路で、防衛長官と合意したことを発表する昨年4月7日の記者会見におけるブヒ氏の発言。

この合意を受けて5月1日、日米の防衛外務に係るトップ2+2で再編実施のためのロードマップが合意された。にもかかわらず、ブヒ氏がブヒブヒ言って今日に至る。

その合意から1年近くを経て今回の海域調査が行われる。

環境アセス手続きとは別に、大掛かりな調査を行うことで、法すら腐食させていく政府の行政行為立法府は怒るべきだが、自公が圧倒的多数の国会である。憲法より安保が上位にあるような国では、アセス法より安保が優先するのは自明である。これは法治国家の自明ではない。

政府のオキナワに対する非道さを責める反対派の言い分を理解するが、市民が選び出したブヒ氏の合意で動き出した事態であることも事実である。

市長と政府の合意を受けて、4月17日には辺野古区が一世帯1億5千万円の補償要求、二見以北十区も地域全体で60億円規模の補償を求めて動き出 す。根拠薄弱な補償金拠出などというバカなオハナシを政府も否定し、その後の地域の動きはみえない。恥ずかしいかぎりである。地域は分断されているのでは なく、巨額のお金を求めることでは一致する。少なくともお金を求めるか否かで分断されている状況はない。

これがわたしの住んでいるまちの現実。

代替基地建設を前提としたSACO補助金交付金で、公民館建設や諸々を進めてきた名護市。「撤回することもありうる」とした前提条件など前市長のレトリックでしかない。

レトリックといえば、「県民の財産」として受け容れたはずの軍民共用も、軍事専用でなおかつSACO合意より規模も拡大した「県民の負担」になってしまった。

オキナワの保守反動が使用してきたレトリックとその効果を分析し、現実を変革する切断線を引くことが求められている。

ブヒ字滑走路は、双方向飛行で、おそらく24時間軍事空港になる。周辺が都市化し条件が悪いのでここに引っ越すのである、べつに地域振興のために引っ越すのではない。条約上の義務を双方が果たすために軍事的条件を満たすのが第一義である。

誰も騙されてはいない。自身と折り合いをつけて抑えなければならない欲望と、守らなければならないものとの整理をつけずに、自らが規定する現実にながされているだけである。私たちには、創造が、抵抗が欠けている。


…ということで、ここんところ根をつめていた「仕事」も小さめの一山超えたので、本日は午後から頼まれていた«合意から一年»を考えることにする。