宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

我が沖縄

Sentakuわがまちは洗濯日和の快晴。
小さいけど新生児には大きい肌着を干すときに、感じる成長への願いと守らなければならないという想い。離れて暮らす子達を想う気持ちも入り混じり、複雑さがつきそうが、日の光がそれらを乾かしていく。

Nago久しぶりに、仕事場へナングスク経由で歩いていく。
眼下に広がる見慣れた名護市の景色。
山のふもとに私の実家がある。小一の頃に父母(家計を助けていた兄貴たち)が借金をして建てた木造家屋は古くなったが今も、年老いたお袋と長兄家族の住処である。

歩きながら、いろんなことを考える。

99年の閣議決定時の沖縄は、96年の代理署名沖縄を引きずり、「条件」をつけて「米軍基地」ではなく県民の財産(※)として「軍民共用空港」を受け入れた。
※「県民の財産」というレトリックは、沖縄の保守反動が生み出した歴史に残るレトリックだろう。笑っちゃいけない、これはしっかりと考察するに値する対象だ。

06年の閣議決定で政府は、そのような沖縄に見切りをつけて「処分」した。
名護市沖縄県)はまだ、それ以前のコンティニュイティを引きずっている気だが、政府はもう付き合う気はない。名護市が受け入れたのは単なる普天間代替ではなく96年のSACO合意を廃棄し米軍再編で新たに決定した軍事空港である。

この軍事空港は、海兵隊のMV22オスプレイのための24時間空港である。弾薬庫も軍港も隣接した、普天間より軍事的に拡充された基地である。
受け入れ先の自治体が「使用協定」を交わしたい気持ちは理解するが、政策決定者は軍事政策的に周辺が都市化して危険になった基地を過疎地に移転させるのだから、移転先周辺の民間地に気を使って軍事訓練や使用のあり方に過度の制約を設けるなど矛盾であり受け入れ難い。
基地建設の迷惑料「交付金」を要求し受け取りながら、ブヒ氏がブヒブヒいってもブヒブヒとしか聴こえない。

あぁ、我が沖縄はどこに行くのだろう。

新聞報道によると、我が沖縄は「パチンコ依存全国最悪」(タイムス4.20)で、そのうえ「金融業者多く安易に借金」するケースが多いという。
DV保護命令全国一」(新報4.10社説)も我が沖縄である。「生活保護世帯も増加」(タイムス4.7)し続けている。昨年度の「変死体 最多の1606体」(タイムス4.4)で、そのうち自殺が四分の一を占め、統計的にも自殺が高止まり傾向である。

様々な問題が複雑に絡み合いながら、現在の沖縄の状況がある。
あきらかにいえるのは、生きづらく、殺伐とした世の中になってきている。
ア メリカ式の競争経済至上主義を導入し、この国を「格差社会」にひた走らせている政府がいる。周回遅れだろうと、それが地獄だろうと、とにかく「本土」に くっついていたい沖縄は、自らの首をしめている政府に満面の笑顔で媚をうつ。増長した政府は、「ちゅらちまにかちゅりょくを」などとテレビコマーシャルで 答える。あさっての選挙結果はどう出るだろうか。私は第三の候補が当選しても驚かない。

ナングスクを市街地に向けて下りだす。

Habu仕事場では、ある地方公共団体の発行物の編集デザインが待っている。私は、なにひとつ希望を捨てない。いい仕事をしよう。志をしっかりと持って、市井を歩いていこう。友の足音に注意をはらいながら。

長い下り坂。「ハブに注意」の看板に我が沖縄のいまを思う。

(追記:仕事に没頭していたら夜になった。没頭していたわりには、基本的な版面設計しかできなかっ た。でもま、これで各ページのおおよその字数や画像点数が決められる。原稿まで私がつくると思うとウンザリするが、これも仕事だ。もう頭もまわらないので 明日にしようと思う。)