宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

13日の金曜日

昨日は洗濯日和の名護の青空だった。
午後から彼女の友人が泊りがけで訪ねてきてくれた。
ともにおいしいものを食べ、たのしく酒を飲みおしゃべりを楽しんだ。

そんな昨日、国会では、衆院委員会で二つの法案が強行採決された。

Jason憲法調査特別委で「国民投票法案」、安保委で「米軍再編推進法案」。

マスメディアが垂れ流すニュースにリンクするのも憂鬱なので、衆院議員保坂展人氏の4月12日付けのブログ記事を紹介しておく。

憲法も安保も、『美しい国』流の対米追随の白紙委任状・請求書だ 

両法案とも、今日の国会で可決されるらしい。

今日は「13日の金曜日」である。
自公政権は国民に襲い掛かるジェイソンと化している。
国民はといえば、映画でもみているかのように事態を鑑賞し、拍手をしたり寝ぼけたり怖れたりしている。

憲法と安保、その両方がジェイソンたちに強行採決されたことは、この国のかたちの根幹が掘り崩されているということである。

「これまで国民投票法がなかったのは国会の怠慢だ」

と いうことばは反論しずらい。そこに闇雲に反論しても、イデオロギー闘争のためのことばのように響くだけで一般庶民は嫌気がさす。そのような不毛が演じられ (そのように演出され)ている間に、法案の中身の議論はスカスカのまま、強行採決されてしまったことを私たちは記憶しなければならない。そしてその法案 が、少数のものの賛意で憲法を変えることができる中身を持っていることも、資金力のあるものが情報宣伝(操作)を多いにやれることも。

国民が憲法改正の必要性を感じていないなら、国民投票法など不要である。だれがなんのために必要性を感じているのかを注意深く察知しなければ、国民から政府に押し付けた憲法から国民が支持し政府から国民に押し付けられる憲法に変わるのは必至である。

憲法9条がありながら、沖縄の米軍基地があり、そのことを不問に付していたつけが大きなうねりとなって襲ってくる。その確かな予感を感じさせるにあ まりうる、「憲法」と「安保」に関する法案の強行採決である。確かなことは、ジェイソンに立ち向かうために、私たちは力を合わさなければならないというこ とだ。

昨年の名護市長選挙が悔やまれてならない。