宮城康博blog

沖縄・自治・徒然…Ten Thousand Light-Years from Home

久間大臣来沖

昨日、久間防衛大臣とメア在沖総領事が南風原町で会談した。

Jijiban琉球新報の記事にも写真が出ていたが、時事通信の写真のほうが、 後ろに着物姿の女性が写りこんでいて、なにやらこの会談のスナップとしては通俗的なエキゾチックさがありいい。これが沖縄であり、ここが沖縄である。(追記:場所はどこかを憶測してみたが、おそらくココであろうと思われる。日本料理専門店というのも、沖縄をウシェーている感じがしていいねぇ)

久間さんは何度も沖縄に訪れているし、普天間移設問題が始まったときの防衛長官だった。しかし今回は、大臣になって初の来県なのに、県知事にもブヒ市長にも会わずに、アメリカの総領事とだけ会って帰っていった。

久間さんいわく

「政府側、県と(は別の)第三者の見た目を知りたかった。知事や(名護)市長とは東京で会えるが、総領事はこちらの管轄だから、こちらに来ないと会えない」(琉球新報

というのが来県の理由だが、本当は、秘密裏に県知事やいろんな人物と会いたかったのだろう。

守屋氏が、記者会見で「大臣の政務なので詳細はわからない」と久間さんの来沖日程を明かしたことは一昨日のブログで書いたけど、その日程がバレて隠密行動ができなくなったということもある。大体、大臣の非公式日程の「政務」を事務次官が記者会見で公表する?
久間大臣の行動を面白く思っていない、防衛省内の事務方がいるとみるべきだろう。しかし、ここは大人の行動、非公式であってもそれが表沙汰になって、大臣の立場が悪くなることを事務方が阻止したという見方もある。う~ん、ややこしい世界だ。

守屋事務次官は今月には定年である。
久間大臣は、国会開会中の6月末までは定年延長の手続きをとるつもりらしい。
守屋氏はキャリアトップである事務次官、異例の四年目である。それほど、彼の仕事が重要だという見方もあるが、逆にいえば、普天間移設問題などの課題も彼ひとりに集中されている危うい行政(政治)課題であるともいえる。

メア氏は久間大臣に

基地問題は3番目くらいで、県民は経済、雇用の方に関心があると思う』

とのたまってくれていたらしい。日本国の防衛大臣が、アメリカ人から聴取した県民意向を、地元新聞記事で読まされる県民。幾重にも、我々は分裂する。

守屋氏と久間氏。二人の確執はあるのか、あるとしたらどのようにあるのか。憶測が垂れ流される。
…案外、今回のメア氏との会談は、来日したチェイニー副大統領に無視された久間大臣が、メア氏に橋渡しを頼みに来たという、本当にどうしようもない理由だったりして:)

《参考記事》
異例行動に憶測飛ぶ 久間防衛相、非公式で初来県琉球新報3月12日朝刊2面)

【守屋 武昌】もりやたけまさ
1944(昭和19)年9月23日生、宮城県出身
官僚
1969(昭和44)年3月 東北大学法学部卒
1971(昭和46)年 防衛庁に入庁
1995(平成7)年 長官官房防衛審議官兼防衛局防衛政策課長
1996(平成8)年 長官官房防衛審議官
併内閣審議官内閣官房内閣内政審議室
1997(平成9)年 兼情報本部副本部長
1998(平成10)年 防衛施設庁施設部長
2002(平成14)年 防衛局長 8月1日防衛事務次官